私立大学の研究ブランディングー研究機関としてのブランドと広報

昨年度、文部科学省による私立大学研究ブランディング事業の支援対象校が決まり、採択された大学は活動に着手し始めています。

この事業は、学長のリーダーシップの下、全学的な独自色を打ち出す研究に取り組む私立大学等に対して、予算的支援を行うものです。

支援対象は大きく「タイプA」と「タイプB」に分けられています。


タイプA
地域の経済・社会、雇用、文化の発展や特定の分野の発展・進化に寄与する研究


タイプB
先端的・学際的な研究拠点の整備により、全国的あるいは国際的な経済・社会の発展、科学技術の進展に寄与する研究


昨年度は198校から申請があり、計40校(タイプA:13件、タイプB:27件)が選定されました。
研究ブランディングは、その名のとおり、研究活動や研究領域の強みを大学としてブランド化することを目指すものです。

研究ブランディング事業のポイントは、「全学的」と「独自色」にあります。

これを、「研究」と「ブランディング」に分けながら背景を考えてみましょう。

1)研究(全学的)

研究活動は、どうしても研究者個人の能力に依りがちです。

付属施設を設けて研究活動を組織的に進めるケースは多くありますが、それらは「学部」単位にとどまる場合がほとんどです。

全学横断で特定の研究を進めていく取り組みは、これまであまり積極的に行われてこなかった分野と言えるでしょう。

また、古くから言われてきていることですが、医工連携、文理統合など、研究分野を超えた取り組みの重要性は、これまで以上に求められています。

研究は一般的に「深めていく」ものですが、学会の数が増え続け、似たような学会が乱立し、研究がサイロ化している状況もあります。

研究がサイロ化するほど、別の研究分野の先行研究に触れる機会が少なくなりますので、客観的にみると、同じような問題意識に基づく研究が行われ、同じような研究成果が得られ、同じような概念モデルが提唱される、という事象が起きます。

これは、日本全体でみた場合に、必ずしも要領が良いものではありません。

もちろん、研究は研究者個人の能力に基づいて行われますし、それを無くすべきではありませんが、それとは別軸の動きとして、社会・経済的価値があるにも関わらず属人的になっている研究を、全学的・横断的・組織的な研究活動に昇華させていくことが必要になっています。

選定された大学の本事業の体制図などを見ると、必ずしも学部横断的なものに限られているわけではないようですので、事業での選定は大学本部として推し進めていくという思想が有るかどうかが基準のようです。

文科省の側としては、研究機関として組織化されている利点を最大限活かすことができるはず、さらには経済・社会の発展から逆算した全学的な研究テーマは、従来の延長線上にはないような価値を創出できるのではないか、このためにもまずは研究を組織的に進めていく土壌をつくることがステップ1として重要、という考えがあると思われます。

2)ブランディング(独自色)

「全入時代」前には、「大学」そのものにブランド力がありました。
大学の数も少なく、進学する人も少ない状況でしたので、「大学」そのものにブランド価値があった、「大学」の価値が絶対的なものだったと言えます。

大学の数も増え、進学率も上がり、「全入時代」となると、「大学」そのものの価値は相対化してしまいました。
個々の大学のブランド価値が問われる時代に移り変わったものの、大学のブランディングはこれまで「入試広報」に偏り、かつてはスポーツによる知名度向上、いまでは教育・指導の手厚さ・中身、等々が多くの大学で訴求テーマになっている印象です。

簡単に言えば、教育機関としてのブランディングは進んできていますが、研究機関としてのブランディングはあまりできていない状態にあります。

一方、今後、さらに個々の大学のブランド価値が問われるようになると、研究機関としてのブランド・エクイティの有無が、差別的優位性になることも考えられます。

私大ならではの研究テーマはあるはずですし、私大の研究力を高めていくことができれば、国公立の研究分野を戦略的に絞り込んでいくこともできます。

私大の研究機関としてのブランディングは、結果的に国公立の研究ブランディングを際立たせることにもつながりますし、日本の研究開発の底上げにつながっていくはずです。

3)研究ブランディング

研究ブランディング事業では、研究のブランド化が求められています。

これを受けて、支援対象となった大学は、専用ホームページを開設したり、公開シンポジウムを開催したりしているようです。
事業内容の「情報発信」に着手している状態と考えられます。

一方、ブランド資産(ブランド・エクイティ)は、以下の4つの要素で構成されます(アーカー教授)。

1.ブランド認知(純粋想起、助成想起)
2.知覚品質(競合と比べた際の品質の優位性)
3.ブランド・ロイヤルティ(忠誠心や執着心)
4.ブランド連想(ポジティブで強い連想ができること)

ホームページと公開シンポジウムは、大学としては手始めにやりやすい、目に見えやすい成果として有効かもしれませんが、中央官庁が国のレベルとして推進していく必要があると考え、期待されていることと照らし合わせると、文字通り「全学的」に、独自性のある研究を進める大学としてのブランディングが欠かせません。

残念ながら各大学の事業に関する専用ホームページは、事業の概要説明が中心です。ブランド訴求の観点を足していくことで、もっと大学としての独自性を訴求するプラットフォームにできるでしょう。

公開シンポジウムも重要な活動ではありますが、ブランディング施策として検証していくことができれば、一方通行の情報発信・成果報告ではなく双方向性あるワークショップへの発展や、シンポジウムでの報告事項などのコンテンツ化など、多様な展開ができるでしょう。

少なくとも、上記の4つの要素の現状を把握し、試行錯誤しながらでも多様な手段を全学的に実施し、モニタリングしていくことで成功につながりやすくなるはずです。

ホームページやSNSでの訴求事項は本当に現在のままで良いのか、マスコミ向けのパブリシティ活動はイベント告知だけで良いのか、いわゆる戦略PRのように空気をつくる活動は必要ないのか。

今回の事業は「独自色」を必須としているため、どうしても横並びになりがちな大学広報・ブランディングの中でも、独自性を際立たせたブランディングを実践しやすいはずです。

独自性があれば、モニタリングもしやすく、研究ブランディングのPDCAを回しやすいはずです。


大学広報や研究広報に携わったことがある人間として、今後の各大学の動きを注視していきたいと思います。

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