広報スキルアップ誌上講座【第3回】文章力②

2019年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


広報で必要な文章力~受信段階

広報の仕事は、会社や商品の魅力を社内外に発信することです。文章力は必須のスキル。前回ご紹介したように、広報で必要な文章力は、「文章の表現技法」だけを指すものではありません(図)。広報では文章表現の前段として「受信」がとても大切です。

 報道対応であれば、ネタは、主管部が持ち込んで来ることが多いでしょう。広報担当者は、主管部の求めるままに対外発信するのではなく、どこに特徴があるのかを見極めなければいけません。社会や記者にとって価値のある情報なのか、客観的に判断できなければいけません。自社にとっての価値判断では「ひとりよがり」になってしまいます。社内報やHPコンテンツでも同じ。社内報で言えば本当に社員にとって情報価値があるのか。HPコンテンツで言えばユーザーにとって価値があるのか。広報では、常にこのような「ネタの判断」を行っているはずです。

 ネタの判断のポイントは客観性です。広報担当者は、文章を書くために、とにかく主観を排して受信することが大切です。

客観的事実の受信力向上法

 受信の段階で主観を排して、客観的事実を「とらえる」スキルの磨き方として、オススメの方法をご紹介します。

  • 新聞記事の事実に線を引く

 広報担当者が毎日読む新聞は、教材として最適です。毎日のルーティンの中でスキルアップができるなら、おトクですよね。毎日の積み重ねがスキルアップにつながります。

 そもそもマスメディアは客観的事実を社会に伝える役割を担っています。だからこそ、事実を「掴む」訓練をするにはちょうどよい。では、新聞を教材として活用する方法をご紹介しましょう。

 新聞記事は、よく読むと客観的事実だけで成り立っているわけではありません。新聞社としての問題意識が混在していたり、記者が主張したいことを専門家のコメントによって代替的に伝えたりしていることがあります。

 実際に、これを読んでいただいている日の朝刊1面のアタマ記事に目を通してみてください。記事を読みながら、客観的事実だけを抜き出し、そこに線を引いてみましょう。

 たとえば、記事に「〇〇の問題に対して、官房長官は〇日夕方、記者団に『今後、対応を検討したい』と話した」という一文があったとします。この場合、線を引く対象(客観的事実)は「官房長官は〇日夕方、記者団に『今後、対応を検討したい』と話した」です。前段に「〇〇の問題に対して」がありますが、官房長官が本当にその問題に対して「今後、検討したい」と話したのか、読み手は判断できません。

 この記事が、「官房長官は〇日夕方、記者団に『〇〇の問題に関しては、今後、対応を検討したい』と話した」となっていた場合は、カギ括弧の中はすべて客観的事実と言えます。

 ぜひ、毎日、1面のアタマ記事を対象に、客観的事実だけに線を引くトレーニングをしてみてください。人の話を聞く、文章を読むなど情報を受信する際に、主観を排することができるようになります。

  • なぜ1面アタマなのかを考える

 もう一つ、受信力アップのトレーニング方法をご紹介しましょう。こちらも「新聞の1面アタマ記事」を活用します。

 既述のとおり、広報の仕事では常に情報価値を判断します。受信の段階で情報の価値判断ができなければ、良質なアウトプットに繋がりません。1面のアタマ記事は、新聞社がもっともニュースバリューがあると判断した情報です。読者の属性や政治・経済・国際など分野を問わず、もっとも価値がある情報が載っています。その価値を考えるトレーニングをしましょう。

 先ほど客観的事実に線を引いていただいた1面のアタマ記事を、もう一度手にとってみてください。その記事は、「なぜ1面アタマ記事なのか?」を考えてみましょう。

 たとえば、自動車メーカーと通信会社の2社が業務提携する話が1面アタマ記事だったとしましょう。この場合、以下のような理由が考えられます。

  • 大手の2社が提携したこと自体に情報価値がある
  • 提携の内容が業界の垣根や収益構造を変える可能性がある
  • 収益構造が変わる場合、下請けなどにも幅広く影響が出て、国内の産業全体に変化を与える可能性がある
  • 国の経済政策や研究開発の方向性と合致している

 1面アタマ記事が事故や自然災害だった場合も理由として様々なことが考えられるはずです。人的被害が多いからなのか、世の中全体に対策の必要性を喚起する必要があるからなのか。このように分析的に情報に接する作業を繰り返すと、客観性を養うことができます。

 ぜひ、広報担当者の皆さんは、1面アタマ記事を使い、「客観的事実に線を引くこと」と「掲載理由を考えること」の2つを、毎日、繰り返してください。「文章力」の基盤となる受信力を磨くことができます。

広報スキルアップ誌上講座【第2回】文章力①

2019年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


文章力は、ビジネスパーソンの基盤となるスキルです。広報の仕事では、とくに文章力が必要です。今号から複数回に分けた文章力の「誌上講座」で強化を図りましょう。


広報の仕事で文章を作成する機会

みなさんは「広報」というと、どのような文章を作成するイメージが浮かぶでしょうか。おそらく、社内・社外への情報発信ツールの作成にあたり、興味を引いたり、魅力が伝わるようにしたりする文章作成を思い浮かべるのではないかと思います。

右記のような広報ツール作成時の文章作成を含めて、広報における文章作成は大きく3つの機会があります。

①広報ツール作成時の文章作成

②社内外の人との連絡・調整時の文章作成

③取材等の記録を速やかに社内共有する文章作成

「①」は、いわば「広報専門スキル」と言えるでしょう。プレスリリースの作成、社内報の記事作成、会社案内、ホームページ、SNSなどのライティングなど、広報の仕事は文章作成の機会が多いです。

一方、「②」や「③」は、必ずしも広報に限ったものではなく「汎用スキル」ですがこの2つはとても大切です。

広報の仕事は、外から見ると華やかなイメージがありますが、実際は地味。根回しや調整ばかりです。社内報作成で言えば、社内の人に原稿執筆を依頼する。報道対応で言えば、記者の取材依頼を踏まえて、社内の主管部に協力依頼をする。かつては電話が連絡手段の中心でしたが、メールによる連絡が多くなっています。相手に何をして欲しいのかを明確にし、相手を動かす・協力を得るための文章を書く機会が頻繁にあります。

「③」については、記者会見や取材対応が多い広報組織では頻度が多いでしょう。会見や取材の説明内容・質問をメモにして、迅速に社内の関係各所に共有します。一言一句を拾う速記ではなく、やりとりの中から枝葉の説明を除外して「幹」のメモをつくり、速やかに情報共有することが求められます。

どのような「文章力」が必要か

一般的に「文章力」というと、表現方法や書き方を想起することでしょう。たとえば一文を短くする、助詞に気をつける、興味を惹きつけるキャッチをつくる等です。「①」「②」「③」は目的が異なるので、求められる表現方法や書き方が異なります。「②」で例を挙げれば、社内報の企画として社員に寄稿を依頼する場合、その人にお願いをした理由・背景や読者にとって価値ある情報になることなどを書くと円滑に進みます。このように、文章力という言葉から連想しやすいのは、「アウトプット」段階のテクニックです。こうしたテクニックの習得は大事ですが、テクニックを学ぶだけでは、広報の仕事で文章を「書ける」ようにはなりません。

プレスリリースを例にしてみましょう。例えば、プレスリリースのリード文の書き方や箇条書きが良い等のテクニックを学んだとします。ところが、そもそもネタを客観的にとらえ、どこにニュースバリューがあるのかを認識できなければ、プレスリリースを書けません。書こう・書きたいと思っても、物理的に「固まってしまう」ことでしょう。仮に、自分の頭の中で「ニュースバリューはこれだ」と認識できたとしても、相手である記者にニュースバリューが伝わらなければ「書ける」とは言えません。データや時流などの要素を加えたり、競合の情報を付与したりすることもあるでしょう。 プレスリリース(①)を例にしましたが、②や③でも同様です。広報で文章を書く際には、文章を書くテクニックとは別の要素が不可欠なのです。(文章を書くテクニックについても次号以降で扱いますので、安心してください)

広報の仕事で文章を書くために

そもそも文章とは、伝わることが必須要件です。ここで言う「伝わる」とは、読み手が頭の中で何らかのことをイメージできるかどうか。プレスリリースで言えば記者が「記事を書けそうだ」と思い浮かばなければ意味がないものになってしまいます。広告やチラシ等であれば、読み手が買ったら楽しそう・便利に使えそう・かわいくなれそうなどのイメージが生まれるか。取材メモであれば取材時のやりとりの様子が浮かぶか。広報では、こうした文章の質が求められます。

記者・広報実務・広報支援の3つの立場を経験した私なりに、広報の「文章力」を図に整理しました。広報における「文章力」はアウトプット段階の表現技法を指すものだけではないと考えた方がよいでしょう。

そもそも情報を受信する「インプット」の段階があります。先ほどのプレスリリースの例で言えば、自社目線という主観を排してネタを社会目線から客観的に認識し、特徴がどこにあるのかを捉えることが必要です。受信した情報は自分の頭の中にしかないので、書き言葉にしたり情報要素を付加したり、相手がイメージできるように翻訳する作業が必要になります(これがスループット)。最後に、文章表現や書き方のテクニック。ここで初めてリード文の書き方や箇条書きが良いといったテクニックに価値が生まれるのです。

次号以降で、段階別のスキルアップ法や、アウトプットの段階でのテクニックをご紹介します。

広報スキルアップ誌上講座【第1回】広報の仕事の特徴とは

2019年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 弊社では、2018年3月から4月にかけて、広報を経験したビジネスパーソンを対象に、「広報の仕事の特徴」を尋ねる調査を実施しました。他の部署ではできない経験、広報の仕事の良いところ、広報の仕事だから身に付けやすい能力など、広報の仕事の特徴として思いつくことを自由記述形式で挙げていただきました。調査では、244件の有効回答がありました。

 調査結果は自由記述ですので、1件ずつ読みながら記述内容をコード化する「アフターコーディング」をしました。たとえば「会社の顔なので、全信用に関わります」といった回答であれば「会社の顔」というコード名を付し、似たような回答があればこれをカウントしていきます。自由記述は「定性」データですが、これを「定量」データに置き換える作業です。この「アフターコーディング」をすると全体的な傾向が見えます。

 アフターコーディングの結果、もっとも多かったのは「受け手目線」というキーワードで27.9%でした。これに「簡潔に説明」(26.2%)、「特徴や要点を抽出」(21.7%)が続きました。ほかにも、「視点・視野・客観性」(17.2%)、「自社理解」(16.4%)といったキーワードが多く見られました。

この結果は、あくまでも自由記述の回答結果を件数に置き換えてボリューム感を確認するためのものです。広報の仕事の特徴を見極めるためには、回答内容を似たものでまとめて「分類」する必要があります。この作業をした結果、回答内容を大きく5つに分類できました。

  1. 会社の顔になる
  2. 高い視座・広い視野・多様な視点が求められる
  3. 表現・方法を考え抜く
  4. 危機管理・危機察知
  5. 人脈が拡がる

特徴1 会社の顔になる

広報は、年齢・役職にかかわらず、会社を代表する立場として、記者や専門業者、お客さまなど外部の利害関係者と関わることが多いという回答が目立ちました。報道対応をしていると、会社の顔として記者の質問に対応します。ホームページや会社案内などの広報ツールを制作する場合も、ひとつひとつのメッセージや表現は会社の顔となるでしょう。

広報業務は会社の顔になることが多いため、「責任感が醸成される」、「他人に説明できるまで事案を理解する癖が身に付く」といったメリットがあるという回答がありました。

特徴2 高い視座・広い視野・多様な視点

「経営に近い」「経営層の考え方や動き方を知ることができる」といった回答が目立ちます。本社機能はいずれも経営に近いですが、広報は、人事、経理など個別機能とは異なり、機能・部門を超越して、統合的・包括的に社内外の情報に触れます。広報の経験を通じて「会社のことを俯瞰できて視座が上がる」のです。 また、「他部署・業界・社会への影響などを想像できるようになる」など視野の広がり、「疑問点や影響範囲を常に洗い出す」「建設的批判や視点を切り替えた発想ができるようになる」といった視点の切り替えに関する回答が見られます。高い視座・広い視野・多様な視点が必要になる(身に付けやすい)仕事と言えるでしょう。

特徴3 表現・方法を考え抜く

広報は、社内外に情報を発信することが主な業務です。「会社の魅力やサービスの特徴を伝えるために表現を考え抜く」「あらゆる方法で効果を最大化しようとする」「創意工夫し続ける思考回路ができる」「調べる、聞く、話す、企画する、文章にする、まとめる、伝える、すべての能力の総合体」といった回答が目立ちます。「情報の受け手目線で考える客観思考が身に付く」「日々接するメディアから、表現方法を学び取ろうとするなど情報感度が上がる」「本社機能でありながら営業センスを養うことができる」といった声は、広報ならではと言えるでしょう。

特徴4 危機管理・危機察知

企業価値を守るためにダメージ・コントロールをすることが広報の特徴だという回答も目立ちました。「昼夜を問わず、会社に関係のある情報やニュースをいち早く察知する」「嘘偽り無く本当の姿だけをわかりやすく伝えることが仕事なので、無いことをいってはいけないが、あることを言わないのはかまわない。腹黒くなれる」のような回答です。広報は危機管理の中でも危機が発生した後の対応が担当領域となります。そのため、「会社に属しながら、半分社外に身を乗り出して仕事をするというか、客観的に自社を見ながら仕事しなければならないところが面白くて難しいところ」というように、バランス感覚が身に付く仕事と言えるでしょう。

特徴5 人脈が拡がる

制作会社など「社外の人脈が拡がる」「記者とのネットワークができる」、「社内人脈が増える」といった回答が目立ちました。短期間で社内外の人脈を幅広く形成できる部署は他にはないと言えるでしょう。関係調整や折衝能力が求められる仕事です。

広報に関連する基礎知識【第12回】報道対応のいま

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前号で、マス・メディアの経営環境が厳しくなっていること、この影響で記事(コンテンツ)の差別化が進んでいることをご紹介しました。具体的には、動向解説を含めた物理的に大きな記事が増えている、あるいは社説以外の記事でも論調が入るようになってきたとお伝えしました。今号は、この変化に対応する広報活動のポイントをご紹介します。

まとめ記事を狙う

新聞は、紙面の大半が大きな記事で埋まるので、記事の本数が減っています。記者から見れば、1本のプレスリリースや1回の記者会見等に対して1本の記事を書くだけではなく、複数社のプレスリリースや記者会見を踏まえて、1本の記事を書く(まとめ記事と言われます)ことが必要になっています。従来はスクープをとる記者が評価されていましたが、分かりやすく情報価値がある大きな記事を書ける「紙面を埋められる記者」も重宝されるようになっているのです。これを企業側から見ると、プレスリリースを出しても記事が載る確率は低下していると言えます。

TVに関しては、報道番組をじっとみると、そもそも「ストレートニュース」と言われる事実情報のみを報じるニュースが極めて少ないことに気が付くことでしょう。ぜひ報道番組を見ながら、特集や企画コーナーなどを除き、アナウンサーが原稿を読みながら伝えているニュースの本数を数えてみてください。多い日でも、新聞の1面・総合面・政治面・国際面・経済面・社会面のそれぞれから1~2本ずつでしょう。報道番組は、放送時間の大半を特集や企画などが占めています。もともと新聞で言う「大きな記事」が多いのです。

 このように報道対応では、記者が複数箇所を取材して大きな記事を書くという前提でアプローチすることが必要になっています。自社の情報だけをプレスリリースで発信するのではなく、他社の動向を含めて「企画」として記者に提案をすることが大切です。

イメージが沸きにくいと思いますので、例示します。近年は「AI」や「働き方改革」が話題でした。たとえば、自社でAIを使って業務効率化を実現できるサービスを開発した、それをマスコミで取り上げて欲しいと考えているとします。この場合、一般的には「AIを使って働き方改革を実現するサービスの提供開始~社内実証では業務効率が●%アップ」などとしてプレスリリースをします。時流(AI、働き方改革)や実績(業務効率●%アップ)といった要素をフックにして記事化を狙います。ところが、記事やニュースの本数は少ないので、取り上げてもらうハードルは高いです。

そこで、「企画」を提案します。自社の情報だけでなく、同業他社の似たサービスをまとめて「AIを使った業務効率化のサービスが続々と上市~●年には●億円規模の市場に」という企画、あるいは「業務効率化」を核にしながら、AI(自社の情報)、新しい研修(他社の情報)、新しい人事制度(他社の情報)などをパッケージにして提案します。自社が単体で乗る記事を目指すのではなく、自社が報道の一部になる前提でアプローチをします。 こうした企画提案のアプローチは、広報専門会社(PR会社)の一部が得意としていますが、企業の広報活動でもぜひ実践しましょう。記者は短期間で担当が変わることが多いので基本は「素人」。複数の取材候補先を例示してあげながら、最終的にどのような記事に仕上がるのかイメージを沸かせてあげることが大切です。なによりも、記者からすれば、一方的に情報提供してくる押し売り型の広報よりも、記者と同じ目線で考えて情報提供してくれる提案型の広報のことを信頼します。信頼の積み重ねがあってはじめて、報道の機会を増やしていくことができます。

基本を徹底する

企画提案のアプローチをするためには、「新聞をよく読む、TVをよく見る」ことがもっとも大切です。報道対応の仕事の質の良否は、この作業の積み重ねに左右されます。仕事柄、多くの企業・大学・自治体の広報担当者と会いますが、新聞をまったく読まない、TVニュースを見ない人が増えています。野球選手がプロになっても毎日「素振り」を繰り返すように、新聞を読む・TVを見るという行為は広報担当者にとって徹底すべき基本です。

 もちろん、何も考えずに新聞をめくり、TVのニュースを眺めるだけでは意味がありません。新聞で言えば、その日の新聞に載っている情報がそもそも何か(新聞にはどのような記事が載っているのか)、記事の扱い(なぜこの記事がこれだけ大きい・小さい扱いなのか、各面のアタマ記事なのか)、記者の署名の有無、新聞の読み比べ(なぜA新聞には載っている記事がB新聞では出ていないのか)などはもちろん、最近よく名前が出ている企業があれば、その会社のHPを見てどのようなプレスリリースを出しているのかを確認したり、ニュース検索をして報道内容を確認したりしながら、広報がどのようなアプローチをしているのかを考えてみましょう。動向をまとめた記事があれば、企画提案のアプローチを考えるヒントとして活用しましょう。自社のビジネスに関わる官公庁の調査報告書や、市場調査会社のレポートなどがあれば、ストックをしておきましょう。

 TVで言えば、報道番組の大半を占める特集や企画の内容・構成を読み解きましょう。多くはテーマを設定し、複数の企業を取材したりしています。テーマ自体の切り口を読み解いたり、記者がなぜその企業に取材にいったのかを考えたりしましょう。  こうした「素振り」があってはじめて、報道の変化に対応できる広報活動を実現できます。報道が変わっているからこそ、プレスリリースを出すだけの押し売りスタイルで満足せず、記者と同じ目線で企画を考えましょう。

広報に関連する基礎知識【第11回】マス・メディアの変化

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


今号と次号では、総務の引き出しのひとつとして、報道対応について取り上げます。今号でマス・メディアの変化、次号でその変化に対応する広報活動のポイントをご紹介します。

マス・メディアってなに?

そもそもマス・メディアとは、なんでしょうか。「マス」は大衆や集団という意味です。メディアは「媒体」ですね。この2つをくっつけた「マス・メディア」とは、マスを対象にコミュニケーションする媒体のことです。端的に言えば広告や広報の世界で「4マス」と言われるTV・ラジオ・新聞・雑誌の4つ。最近はこれに「ネット」が加わり、4マス+ネットをマス・メディアと言うことが多いです。 似たような言葉で「マスコミ」があります。これは「マス・コミュニケーション」を略したものです。「マス・コミュニケーション」はマス・メディアを用いた情報伝達のこと。実際には、「マスコミ」は、「マス・メディアの報道活動」を指すニュアンスで使われることが多いです。

マス・メディアの影響力低下

近年、皆さんは「マス・メディア」の影響力が低下していると見聞きしませんか。これは、①4マスのリーチが減っていること、②受信側がマス・メディアの情報に接しても動かなくなったことーの2つの変化から影響力が落ちたと言われているものです。

リーチの減少に関しては、たとえば新聞の総発行部数(日本新聞協会加盟社)は2000年に約5370万部ありましたが、2017年には約4212万部。1000万部以上減少しています。 受信側が動かなくなったことについては、広報の実務担当者だったときの経験談を例にします。2000年代後半までは新聞でイベント情報等が取り上げられると、午前中は電話が殺到していました。ところが、2010年代に入った頃からこうした反響はなくなりました。広報の効果測定として、年に数回、媒体読者に対してインターネット調査で「記事を読んだか」「記事を読んでHPにアクセスしたか」等を聞いていました。記事を読んだという人の割合に大きな変化はなかったのですが、「HPにアクセスした」等の動きは徐々に減っていました。情報は届いているものの動かなくなったということは、私の経験則で言えば間違いがないことです。

マスコミの変化

部数の減少と受信側が動かなくなるという2つの課題に直面し、マス・メディアを持つ各社は収支が悪化しています。販売収入はもちろんのこと、広告収入が減るためです。

この変化は「マスコミ」(報道)にも影響しています。新聞を題材にして考えてみましょう。

購読が減り続ける新聞各社は、読者の「囲い込み」に必死になっています。これは販売競争だけではなく、記事等のコンテンツや紙面づくりなど報道活動にも派生しています。ジャーナリズムとしての公平性・客観性の担保は必要ですが、営利企業として生き抜くために、新聞の商品である「コンテンツ」の差別化が進んでいます。

新聞各社は、継続して購読してもらえるように、解説記事を増やしたり、記事そのものに主張を入れて読者ターゲットに響きやすくしたり、記事そのものに特色を出すようになっています。元々、新聞は「社説」の論調で保守系などの色はありました。論調の持たせ方が社説にとどまらなくなっています。 皆さんは、昔の新聞は小さな文字でたくさんの記事が載っていたように記憶していませんか。事実だけを端的に伝える報道を「ストレートニュース」と言いますが、こうした記事が減っています。一方で、ひとつのテーマを詳しく解説した記事や、数社に取材して動向をまとめた「まとめ記事」など、物理的に大きな記事が増えています。文字サイズの拡大に伴って載せられる記事の本数が減っているうえ、コンテンツの差別化のために記事そのものが大きくなっている。こうした変化が起きています。

マスコミの質が低下?

最近は「マスコミ」の質の低下が言われます。ただし、数十年前の新聞を読むと、社説は一般論しか書いていないような浅い内容、記事も企業の発表文をそのまま載せたようなものばかりです。落ち着いて今昔を比較すると、コンテンツの「質」が落ちているとは思えません。ぜひ皆さんも図書館に行く機会があったら、数十年前の新聞の縮刷版をめくってみてください。

既述のとおり、新聞に掲載される記事の量が減ったことは確かです。ただし、各紙のWeb版を含めて考えると記事やニュースなどコンテンツの「量」は増えています。

「取材」に関しても、確かに一部芸能報道で一般常識からズレた盗み撮りのような報道はありますが、2000年代初頭と比較して集団で過熱してエスカレートする取材は少なくなりました。業界内でのルールが制定され、過熱した取材が発生した場合は報道各社が自発的に節度ある取材をするようになっています。

つまり、質が低下しているとは言い切れません。昔は、記事は事実の伝達が中心だったので読者が良し悪しを評価する要素がなかった。記事に特色が加わるようになって、読者が評価する要素が生まれた。さらにポータルサイトのニュースのコメント欄で、記事そのものを評価するコメントを目にするようになった。こうした変化で、質が低下しているような印象を持つことが増えたと言えるでしょう。 マス・メディアが生き抜くためにコンテンツに特色を出すようになったいま、どのようにマスコミと付き合っていけば良いのか、実務的なポイントは次回ご紹介します。

広報に関連する基礎知識【第10回】ESG情報開示のポイント

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回は、ESG情報開示がどのようなものか、なぜ投資家がESG情報を求めるようになったのかをご紹介しました。今回は、投資家の関心事に答えるために、どのような情報開示が必要かを考えていきます。

中長期の投資判断に資する情報を開示

前回、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものだとお伝えしました。大事なポイントは「中長期の評価」です。

一般的に投資活動は、財務情報を軸に判断します。ところが、財務情報は過去から現在に至る成果を現すものです。数年先までは予測できても、年金運用に耐えうるだけの中長期的な投資判断の材料にはしづらい。そこで投資家は、経営者がリスク・機会をどう認識し、それに対処するための仕組み・取り組みがあるのかなど「非財務情報」を参照して、中長期的に存続・成長し続けることが期待できるかを定性的に評価します。

この非財務情報は、企業によって開示内容がバラバラなので、全企業が何らかの形で必ずかかわる環境・社会・ガバナンスに絞って評価をするものがESGと言えます。 投資家に対する情報開示を適切に行うために、投資家がどのようなポイントを見て「中長期的に存続・成長し続ける」と評価しているのかを知りましょう。

ポイント①企業の考える力

一つ目のポイントは企業の考える力。いわゆる「環境認識」です。投資家の一番の関心事はリターンにつながるかどうか。だからこそ、環境・社会という大きな括りであれ、水、気候変動、人権等の細分化されたESGテーマであれ、企業が自分たちの市場環境や強み・弱みをどう自覚し、どう利益を創出しようとしているのかを知りたい。

投資家は頭の中で、企業の情報に接しながら、図表のような定性評価をします。縦軸に利益創出の機会とリスク、横軸に売上向上とコスト削減の2つを置いたものです。左上と右上は分かりやすいですね。左上は売上向上の機会の最大化、右上はコスト削減の機会最大化です。左下・右下は少し分かりにくくなりますが、左下は売上が上がらない(売上が減少する)リスクの低減、右下はコストが下がらない(コストが増大する)リスクの低減です。いずれも利益創出につながります。

例えば、業界独自のルール整備や啓発活動等の社会貢献活動を行っているとしましょう。これを単に社会的責任のひとつとして訴求するだけでは投資家に対する説得力は弱い。投資家に対しては、利益創出の一手段として、「法規制等でコストが増大することがないよう、業界独自のルール整備を主導して行い、消費者への啓発活動を積極的に行っている」という文脈をつくって説明することが必要です。 投資家は、あらゆる企業活動を利益創出と結びつけることができているのか、考え方の「質」を探ります。企業の考える力を評価しているのです。

ポイント②良くしていく力

投資家は、企業が発行するアニュアルレポートや統合報告書など各種報告書を、必ず数年分まとめて熟読します。各年度の記載内容を「読み比べ」るためです。各年度の読み比べによって、財務情報では分からない経営改革や環境変化への対応状況、個別具体的な取り組み内容の進化・発展を読み解くのです。

たとえば、この1~2年で「ガバナンス強化の変遷」や「ダイバーシティの取り組みの進化」を紹介する企業が増えました。投資家にとっては取り組み内容の変化を理解しやすく助かることでしょう。このように、時間軸を意識して取り組みの進化・発展を見せていくことが大切です。

中長期の投資判断に対応するためには、施策を検証・改善して育てていくことができる会社だと評価される必要があります。時折、毎年、まったく同じ情報が、同じ文言で載っている報告書があります。これは「本気度がない」「施策を検証・改善する力がない」と評価されてしまうので、絶対に避けるべきことです。

投資家は、企業の中長期的な発展性を見極めるために、企業に「良くしていく力」が備わっているかを見たいのです。

ポイント③真似できない仕組みをつくる力

投資家にとって中長期の投資判断で決め手になるのは、他社が簡単には真似できない「差別化要因」の存在です。

 たとえば、「S」のサプライヤーとの関係性について、多くの企業は調達方針や調達委員会の構成等を開示しています。こうした基礎的な情報はもちろん必要ですが、これだけでは他社との違いが分かりません。たとえば自社だけでなくグループ会社全体、取引先を巻き込んだ形で調達改革を進めている、ある提供サービスがお客さまや地域社会をも巻き込んだサプライチェーン全体でメリットがある仕組みになっているなど、他社が簡単には真似できないポイントを見せなければいけません。

象徴となるようなひとつの製品・サービス・取り組み事例に絞り込んでも良いので、競争力の源泉を具体的に掘り下げて見せることが大切です。

このようにESG情報開示は、扱うテーマが何であっても、企業の考える力、良くしていく力、真似できない仕組みをつくる力が評価されます。環境・社会・ガバナンスという扱うべき項目に引っ張られすぎず、扱うべき内容をしっかりと考えていきましょう。

広報に関連する基礎知識【第9回】ESG情報開示

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務で株主関係管理や投資家向け広報(IR)を担当されている方は多いことでしょう。自社が未上場の場合は、IRの実務に従事することはないでしょうが、親会社が上場している場合はIRに関わる窓口業務は発生することがあります。IRに関するトレンドの知識は習得しておきたいところです。総務の引き出しのひとつとして「ESG情報開示」について学んでおきましょう。


ESGは投資家向け情報開示

数年前からよく目にするキーワード「ESG」。環境・社会・ガバナンスの頭文字をとったものです。今回はESGがどのようなものか概要をおさえましょう。

ESG情報開示についてある企業内で講演した際、「ESGはかつてのCSRブームのように一時的なものではないか」と質問をいただきました。報道などで見聞きするESGの「語られ方」をとても素直に受け止めている質問です。ESGとCSRの違いをはっきりと認識できている読者の方は決して多くないでしょう。

日本では2000年代半ば頃から「CSR」がブームになりました。環境に関わるデータ・取り組みの開示に加えて、社会貢献活動を積極的に行い、企業広告・CMなどでCSRを訴求していました。批判を恐れずに言えば、CSRは企業イメージの向上に繋がるものとして、広告会社主導でブームが作られたといっても良いでしょう。

かつてブームとなったCSRは、一般社会を対象に「社会性のある良い会社」と思われることを目指していたものと言えます。環境であれば、自社がいかに環境保護に取り組んでいるか。社会であれば、いかに社会貢献をしているか。悪しきことはしていない、良いことをしているという文脈がもっとも大切でした。

一方、ESGは、あくまでも投資家を対象にした情報開示です。投資家が中長期的な時間軸での投資の判断材料にできる情報を開示するもの。投資家からすると、企業が環境保護に取り組むこと自体は結構なことですが、自社のビジネスと関係がない植林活動やボランティアを推進していてもそれは「時間もお金もムダ」なもの。投資家にとって関心があるのは、単なる環境保護ではなく、企業を取り巻く「自然資本」をどう活用しているのか。中長期的な時間軸で自然環境の変化にどう対応していくつもりなのか。本社だけでなく関係会社や取引先まで視野を広げた場合、自然資本の活用を戦略的に活用できる仕組みがあるのか。このような、企業として自然資本をどう戦略的に活用できているかに関心があります。

社会の場合はどうでしょうか。たとえば企業がメセナをしている場合、一般社会は「文化・芸術活動を支援する良い会社」と評価することでしょう。ところが投資家は、そのメセナが企業価値向上につながっているのかを知りたい。自然資本の活用と同じように、企業を取り巻く「社会関係資本」をどう活用しているかに関心があります。たとえば、進出したばかりの海外市場でメセナを行い自社の商材を知るきっかけを拡げている、文化・芸術の支援を通じて市場規模そのものを拡張しているなど。投資家にとっては社会的に良い会社かという評価ではなく、社会との関係をひとつの資本としてどう活用しているのか、企業としての経営能力を評価したいのです。

分かりやすさのためにCSRとESGを対比すると、CSRに係る開示は「社会に対して良い会社と評価される」ためのものであり、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものと言えるでしょう。


なぜESGが注目されているのか

なぜESGの情報開示がこれだけ注目されているのでしょうか。還元すると、なぜ投資家がESGの観点を投資に組み込むようになったのでしょうか。これには大きく2つの動きが影響しています。

1)機関投資家に対する国連の働きかけ

企業の活動範囲・規模はもはや国家を超えています。1900年代後半から、先進国の企業とそれ以外の国の労働格差・労働搾取など人権問題が顕在化しました。環境に関しても、先進国企業による後発国の環境破壊が問題視されるようになりました。国境を越えた企業に対して、国単位で制約を課すことは困難。そこで、国家を超えた枠組みの国連が、企業に対して強い影響力を持つ「機関投資家」に対して、ESGを組み込んだ投資判断・意思決定をするように求めました。これが2006年の「責任投資原則」です。

2)投資家自身の変化

 投資家自身の意識も変化しています。投資家の影響が増すことで企業は短期で利益を出そうとし、設備投資や研究開発投資を抑制する傾向が出てきました。企業が短期志向になる一方、中長期で資産運用する年金の運用総額が増え続けており、「長期投資」の重要性が増しています。投資家にとって、短期的にリターンを求める意思決定ではなく、企業の長期的・持続的な成長能力を評価したうえで投資するという環境変化があったのです。

また、2000年代初頭には不正会計が相次ぎました。監査機関や経営者に対する疑念から、企業の経営を担う経営者の能力を評価し、経営者が正しい判断をできる仕組みの有無など、「ガバナンス」を厳しく評価したうえで投資をする動きが生まれました。 ESGはCSRの延長ではなく、まったく性質が異なるものなのです。

広報に関連する基礎知識【第8回】CIの進め方

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回、CI(コーポレート・アイデンティティ)の概念についてご紹介しました。CIは一般的にロゴ管理のことを指すことが多いですが、ロゴ管理はCIの一部です。CIは、MI(ミッション・アイデンティティ)、VI(ビジュアル・アイデンティティ)、BI(ビヘイビア・アイデンティティ)の3つで構成されます(ロゴはVI)。今回は、CIの進め方です。


CIが必要になる時期

CIは創業当初から必要不可欠なものです。ただし、創業者の求心力が強い時や成長が著しい時など、「問題が表面化していない時」にアイデンティティを問い直すことは少ないでしょう。

CIは、一般的に以下の背景・きっかけで検討する場合が多いです。

  • 組織が大きくなり一体感が失われてきた
  • 事業領域が拡大し、全体を束ねるブランドがあいまいになった
  • 事業統合や合併などがあった
  • 周年など記念となるタイミングがある

ひと言で表すと、「組織に変化が必要な時期」でしょうか。

 組織は環境に適応する「生き物」です。人間と同じように段階的に成長(発展)します。様々な研究者が組織の発展段階をモデル化していますが、複数の論者の視点を採用したリチャード・ダフトさんのモデルを見てみましょう(図1)。図の「踊り場」の時が、組織に変化が必要な時期。アイデンティティを確認するひとつのタイミングと言えます。


CIの検討プロセス

Step1 自己客観視

CIは「自分(自社)は何者か」を明確にすることです。まずは自社のことを客観視しなければいけません。

自己客観視のためには、定量・定性データが必要です。最低限実施したいのは「組織文化の診断」。意思決定の傾向、社員に対する評価や期待の傾向などを、「経営理念や方針等で標榜するもの」(表向き言っていること)と「ありのままの姿」(実際にやっていること)の2つの軸で社員にアンケートをすると良いでしょう。定性データは、社史、トップメッセージなどの「文物」や、お客さまのご意見等を網羅的に参照して集めます。

Step2 自己規定

自己客観視の次は自己規定。「自分とは何者か」の定義付けです。

まずは、自社の固有の能力や強みが何かを考えてみましょう。「ビジネスモデル」「風土」「技術・知識」「製品・サービス」などの枠組みで自社の強みを洗い出します。

次に組織文化に焦点を絞り、過去―現在を比較して思い浮かぶ「変わったもの」「変わらないもの」を洗い出します。出てきたものにはポジティブ・ネガティブ両方あるはずです。ポジティブなものに絞り、自分たちが大切にしてきた価値観を確認します。

Step3 自己変革

自己規定はあくまでも「現在」の姿です。変化に対応するためにCIを検討する場合が多いので、どう変化させるかを考える必要があります。

集めたデータや洗い出した材料をもとに「マインド・アイデンティティ」を明文化します。他社のコーポレートスローガンや経営理念を見ながら考えましょう。社員全員で組織文化をどう変えたいかを考えるため、社員アンケートを再度実施することもあります。現在の組織文化の評価と、未来に向けて変わりたい姿の2軸で尋ねると有効です。

Step4 自己表現

ここまで来てようやく、ロゴなどのいわゆる「CI」(VI)になります。自己変革の象徴として自己表現をします。MIを視覚化したロゴの開発やビジュアルルールの制定(VI)、MIを体現する行動の実践・評価(BI)などです。 自己表現の結果、社員やお客さまの自社に対する評価・ブランドが変化したのかを確認し、手段を適宜見直しながら自己表現を続けていきます。組織が次の発展ステージになり、手段の見直しレベルでは耐えられなくなった段階で、再度、自己客観視、自己規定、自己変革、自己表現のサイクルを回す必要が生じます。


CIの方法

CIは理論的に言えば、理念の浸透・視覚化・体現行動の3つで確立できます。ところが、現実にはこれだけでは足りません。そもそもCIがなぜ必要になったのか、CIの目的や組織ニーズが異なるためです。なんのために自己表現するのか、優先すべきターゲットはあるのか、と言い換えることもできるでしょう。理念の浸透・視覚化・体現行動の3つは当然意識しながらも、組織ニーズに応じた社内外の広報活動を実践し、アイデンティティを確たるものにしましょう(図2)。

広報に関連する基礎知識【第7回】CI(コーポレート・アイデンティティ)

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務では、社用車、看板、ユニフォームなど施設や備品を管理していることでしょう。その際に、「ロゴ」を適切に使用するように気を遣っているはずです。一般的にロゴは「CI」と言われますが、総務の引き出しのひとつとして、このCIについて知っておきましょう。


CI=ロゴは間違い?

CIとは「コーポレート・アイデンティティ」の略語です。読んで字のごとく、企業のアイデンティティです。

アイデンティティとは、端的にいえば「自分は何者か」「他との違い」という自己認識です。個人単位でのアイデンティティもあれば、国民としてのアイデンティティもあります。企業(コーポレート)という組織に対してアイデンティティの概念を当てはめたものが「コーポレート・アイデンティティ」です。

一般的に、CIはロゴのことを指します。ところが、ロゴはCIの一部でしかありません。まず、CIの概念を正しく理解しましょう。

CIは、図表1のとおり、「MI」「VI」「BI」の3つで構成されます。それぞれ見ていきましょう。

図表1 CIの構成

MIは、マインド・アイデンティティの略です。企業としての信念と言えるでしょう。経営理念や経営ビジョン、ブランドコンセプトなどがこれに相当します。

VIは、ビジュアル・アイデンティティ。これが一般的にCIと言われているものです。企業の信念をビジュアル化したものです。ロゴやロゴタイプ(文字のデザイン)、社用車やユニフォームなどのデザインルールなど、馴染みがあることでしょう。 BIは、ビヘイビア・アイデンティティと言います。社員の言動、接遇、行動規範など。ビジュアルデザイン以外の対面コミュニケーションの要素です。


ロゴは、会社として大切にしていること(MI)を一瞬で伝えるために、シンボル化したものです。おそらく皆さまの会社のロゴには「このロゴでは、先進性を表しています」など説明があるはずです。会社としての大切な想いをシンボルにしているからこそ、一般的にロゴは厳しい使用ルールがあります。こうした「CIルール」(正しくはVIルール)は厳格なので、社員にとっては面倒くさいと感じがち。MIを感じるもののはずが、単なるルールとして受け止められている場合があります。読者の皆さんの会社ではいかがですか?

いまでは誰もがワープロソフトやプレゼンテーションソフトにロゴのデータをはることができます。社員がロゴの大きさを適当に変えてしまったり、形を変えてしまったりすることがよくあります。正しくないことですが、これが現実でしょう。社員にとって、MIとVIが結びついていないのです。

CIは本来、社員に対してロゴの使用ルールの徹底を求めるだけのものではありません。ロゴの背景にある「MI」の再確認や「BI」の実践を求める必要があります。この意味では、大半の会社はCIのうちのごく一部しか意識できていません。残念ながら、これではコーポレート・アイデンティティの確立につながりにくいです。


CIの再考

CIは1990年代初頭にブームになりました。ブームの当初は、組織文化の革新やコミュニケーション戦略全体の見直しなど、「CI」の本来的な意味に沿って重要性が指摘されCI概念が拡がっていきました。民間企業だけでなく、自治体、大学など幅広くCIの考え方が普及・浸透しました。

ところが、CIの受託は広告会社やデザイン会社を中心に進みました。このことも含めて、発注側にとってアウトプットが目に見えやすい「ロゴ」に、CI概念が矮小化されていったという経緯があります。 近年、経営理念の重要性がたびたび指摘されています。これはまさしく「MI」です。また、経営理念の一環としての行動規範(バリュー)にも注目が集まっています。あるいは、お客さまに対するブランド体験のひとつとして、接客・接遇の重要性が増しています。これはまさしく「BI」です。この意味では、実はCIブームから30年あまりを経て、ようやくCIの3要素が三位一体となってきていると言えるでしょう。


ブランディングの出発点はCI

CIは「アイデンティティ」ですので、「他社との違い」を明確にするものです。前号までに「ブランド」について解説しましたが、ブランドと同じように「差別化」を意味します。そこで、ブランドとCIの概念を簡単に整理しておきましょう(図表2)。 ブランドはお客さまの頭の中にあるものです。この意味で、ブランドの主体は「お客さま」です。一方、CIの主体は「企業」です。ブランドとCIは、主体は異なりますが、「自社を差別化するもの」という意味では共通しています。ところが、自分たちで他社との違いを自己認識できていない場合、お客さまに他社との違いをどう感じていただくかを明確にできません。「ブランディング」の出発点は常にCIなのです。

図表2 ブランドとCIの関係

広報に関連する基礎知識【第6回】ブランディングのポイント

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回、「ブランド」について解説しました。ブランドはお客さまの頭の中にある脳内シェアのようなもの。このシェアが高ければ、差別化や競争優位につながります。ところが、お客さまが何を頭の中で思い浮かべるかはお客さま次第。お客さまによって、自社やサービスについて思い浮かべる内容がバラバラだと、差別化や競争優位につながりにくくなってしまいます。そこで、たくさんのお客さまに、自社、事業、サービスのことを同じように連想していただくための取り組みが「ブランディング」です。


ブランディングは広告宣伝だけ?

ブランディングという言葉を聞いたとき、その方法として何が浮かびますか。おそらく、「広告・宣伝」が浮かぶ人が多いことでしょう。確かに、広告・宣伝はお客さまとの接点になりやすいです。広告枠を買って自分たちがお客さまに発信したいことを自由に表現できる(もちろん制約はあります)。お客さまとの接点を作りやすい、お客さまの頭の中に入っていきやすいことは確かです。

 ところが、マスメディアの影響力が徐々に落ちています。新聞の購読数は下落傾向が続いており、閲読時間も年代層によっては減るなど「読まれ方」が変化しています。テレビについても、「テレビの情報だけを鵜呑みにして人が動く」という現象は昔ほど目立たなくなりました。お客さまは、マスメディアで触れた情報について詳しく知りたいとインターネットで調べたり、自分の興味・関心に応じた検索から情報を得たり、友人・知人の口コミから新たな情報を得たりしています。インターネット上の広告も、閲覧者が多いサイトへのバナー掲出から、ユーザーごとの興味関心に応じた広告を表示させる技術革新が進んでいます。「マス」ではなく「パーソナル」な媒体の存在感が増しています。

広告・宣伝はブランディングの基本施策ではありつつも、あくまでも接点のひとつです。リーチできる量は依然として他メディアより圧倒的に多いので「知ってもらう」という部分では有効ですが、従来ほど「動かす」「脳内シェアを上げる」力は総じて弱まっています。広告・宣伝だけでブランディングを完結できる時代ではないのです。


社員への浸透が大事

ブランドを大切にしている企業は、店舗の空間デザインなどハードを強く意識するだけでなく、接客・接遇などソフトもブランディング施策と捉えます。例えば入店時の声かけまで落とし込みます。「いらっしゃいませ」ではなく、「こんにちは」や「ようこそ」の方が良いのではないか。一つ一つの接点を大切にして、お客さまの脳内シェアを上げていこうとしています。このように、メディアの変化を受けて、お客さまとのあらゆる接点で共通のブランド体験ができるようにする考え方やアプローチが拡がっています。

生産財取引などBtoB企業でも、形は違うとしても同じこと。HPでの情報発信、非財務情報の開示、お客さまに対する提供資料の品質、営業アプローチやフォローの仕方、お取引先さまへの対応姿勢など、あらゆる接点で「〇〇な会社だ」という認識ができていきます。消費財取引よりも生産財取引の方が人的販売の比重が高い(図表)ので、消費財よりも社員の言動など「ソフト」が大切と言えます。

認知や購買などい影響を与える活動の比重

ひとつ興味深い調査結果をご紹介しましょう。エデルマン・ジャパンが毎年発表している「トラストバロメーター」という調査では、「学者」、企業の「CEO」、「ジャーナリスト」など各スポークスパーソンの信頼度を尋ねています。近年、信頼度がもっとも高いのは「企業内技術者」。「学者」や「CEO」よりも信頼されているのです。2017年は、「CEO」よりも「一般社員」の信頼度が高いという結果が出ていました。経営トップが自分たちのブランドに信念を持ち、メッセージを発信することは大切です。ところが世間は、時にはCEOや学者よりも、技術者や一般社員の言葉を信じることがあるのです。もちろん、すべての情報の発信主体を企業内技術者や一般社員に置き換えるべきだという話ではありません。お伝えしたいことは、消費財・生産財を問わず(むしろ生産財の方が)お客さまが頭の中でブランドを形作っていくとき、社員の言動が重要な接点になっているという事実です。 その意味で、社員を対象にしたブランディングが不可欠です。この10年ほど、「企業理念」「Way」「バリュー(行動規範)」の重要性が色々な学者・専門家や経営者から発せられていますが、社員に対するブランド浸透とほぼ同じ考え方だと捉えて良いでしょう。


社員に対するブランドサーベイ

前回ご紹介したようにブランドというのはお客さまの頭の中にあるものです。このため、ブランドに関する調査をする時、一般的にはお客さまを対象にします。自社について自由発想で答えていただいたり、「技術力がある」などイメージ項目を列記して、自分が持っているイメージと合致するかお尋ねしたりします。こうしたお客さまのイメージとあわせて、社員に意識調査を実施しましょう。社員の働きはすべてお客さまとの接点につながります。社員が「うちの会社は外面ばかり良い」と感じるようなブランディングは、ブランディングとは言えないのです。