広報スキルアップ誌上講座【第3回】文章力②

2019年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


広報で必要な文章力~受信段階

広報の仕事は、会社や商品の魅力を社内外に発信することです。文章力は必須のスキル。前回ご紹介したように、広報で必要な文章力は、「文章の表現技法」だけを指すものではありません(図)。広報では文章表現の前段として「受信」がとても大切です。

 報道対応であれば、ネタは、主管部が持ち込んで来ることが多いでしょう。広報担当者は、主管部の求めるままに対外発信するのではなく、どこに特徴があるのかを見極めなければいけません。社会や記者にとって価値のある情報なのか、客観的に判断できなければいけません。自社にとっての価値判断では「ひとりよがり」になってしまいます。社内報やHPコンテンツでも同じ。社内報で言えば本当に社員にとって情報価値があるのか。HPコンテンツで言えばユーザーにとって価値があるのか。広報では、常にこのような「ネタの判断」を行っているはずです。

 ネタの判断のポイントは客観性です。広報担当者は、文章を書くために、とにかく主観を排して受信することが大切です。

客観的事実の受信力向上法

 受信の段階で主観を排して、客観的事実を「とらえる」スキルの磨き方として、オススメの方法をご紹介します。

  • 新聞記事の事実に線を引く

 広報担当者が毎日読む新聞は、教材として最適です。毎日のルーティンの中でスキルアップができるなら、おトクですよね。毎日の積み重ねがスキルアップにつながります。

 そもそもマスメディアは客観的事実を社会に伝える役割を担っています。だからこそ、事実を「掴む」訓練をするにはちょうどよい。では、新聞を教材として活用する方法をご紹介しましょう。

 新聞記事は、よく読むと客観的事実だけで成り立っているわけではありません。新聞社としての問題意識が混在していたり、記者が主張したいことを専門家のコメントによって代替的に伝えたりしていることがあります。

 実際に、これを読んでいただいている日の朝刊1面のアタマ記事に目を通してみてください。記事を読みながら、客観的事実だけを抜き出し、そこに線を引いてみましょう。

 たとえば、記事に「〇〇の問題に対して、官房長官は〇日夕方、記者団に『今後、対応を検討したい』と話した」という一文があったとします。この場合、線を引く対象(客観的事実)は「官房長官は〇日夕方、記者団に『今後、対応を検討したい』と話した」です。前段に「〇〇の問題に対して」がありますが、官房長官が本当にその問題に対して「今後、検討したい」と話したのか、読み手は判断できません。

 この記事が、「官房長官は〇日夕方、記者団に『〇〇の問題に関しては、今後、対応を検討したい』と話した」となっていた場合は、カギ括弧の中はすべて客観的事実と言えます。

 ぜひ、毎日、1面のアタマ記事を対象に、客観的事実だけに線を引くトレーニングをしてみてください。人の話を聞く、文章を読むなど情報を受信する際に、主観を排することができるようになります。

  • なぜ1面アタマなのかを考える

 もう一つ、受信力アップのトレーニング方法をご紹介しましょう。こちらも「新聞の1面アタマ記事」を活用します。

 既述のとおり、広報の仕事では常に情報価値を判断します。受信の段階で情報の価値判断ができなければ、良質なアウトプットに繋がりません。1面のアタマ記事は、新聞社がもっともニュースバリューがあると判断した情報です。読者の属性や政治・経済・国際など分野を問わず、もっとも価値がある情報が載っています。その価値を考えるトレーニングをしましょう。

 先ほど客観的事実に線を引いていただいた1面のアタマ記事を、もう一度手にとってみてください。その記事は、「なぜ1面アタマ記事なのか?」を考えてみましょう。

 たとえば、自動車メーカーと通信会社の2社が業務提携する話が1面アタマ記事だったとしましょう。この場合、以下のような理由が考えられます。

  • 大手の2社が提携したこと自体に情報価値がある
  • 提携の内容が業界の垣根や収益構造を変える可能性がある
  • 収益構造が変わる場合、下請けなどにも幅広く影響が出て、国内の産業全体に変化を与える可能性がある
  • 国の経済政策や研究開発の方向性と合致している

 1面アタマ記事が事故や自然災害だった場合も理由として様々なことが考えられるはずです。人的被害が多いからなのか、世の中全体に対策の必要性を喚起する必要があるからなのか。このように分析的に情報に接する作業を繰り返すと、客観性を養うことができます。

 ぜひ、広報担当者の皆さんは、1面アタマ記事を使い、「客観的事実に線を引くこと」と「掲載理由を考えること」の2つを、毎日、繰り返してください。「文章力」の基盤となる受信力を磨くことができます。

広報スキルアップ誌上講座【第2回】文章力①

2019年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


文章力は、ビジネスパーソンの基盤となるスキルです。広報の仕事では、とくに文章力が必要です。今号から複数回に分けた文章力の「誌上講座」で強化を図りましょう。


広報の仕事で文章を作成する機会

みなさんは「広報」というと、どのような文章を作成するイメージが浮かぶでしょうか。おそらく、社内・社外への情報発信ツールの作成にあたり、興味を引いたり、魅力が伝わるようにしたりする文章作成を思い浮かべるのではないかと思います。

右記のような広報ツール作成時の文章作成を含めて、広報における文章作成は大きく3つの機会があります。

①広報ツール作成時の文章作成

②社内外の人との連絡・調整時の文章作成

③取材等の記録を速やかに社内共有する文章作成

「①」は、いわば「広報専門スキル」と言えるでしょう。プレスリリースの作成、社内報の記事作成、会社案内、ホームページ、SNSなどのライティングなど、広報の仕事は文章作成の機会が多いです。

一方、「②」や「③」は、必ずしも広報に限ったものではなく「汎用スキル」ですがこの2つはとても大切です。

広報の仕事は、外から見ると華やかなイメージがありますが、実際は地味。根回しや調整ばかりです。社内報作成で言えば、社内の人に原稿執筆を依頼する。報道対応で言えば、記者の取材依頼を踏まえて、社内の主管部に協力依頼をする。かつては電話が連絡手段の中心でしたが、メールによる連絡が多くなっています。相手に何をして欲しいのかを明確にし、相手を動かす・協力を得るための文章を書く機会が頻繁にあります。

「③」については、記者会見や取材対応が多い広報組織では頻度が多いでしょう。会見や取材の説明内容・質問をメモにして、迅速に社内の関係各所に共有します。一言一句を拾う速記ではなく、やりとりの中から枝葉の説明を除外して「幹」のメモをつくり、速やかに情報共有することが求められます。

どのような「文章力」が必要か

一般的に「文章力」というと、表現方法や書き方を想起することでしょう。たとえば一文を短くする、助詞に気をつける、興味を惹きつけるキャッチをつくる等です。「①」「②」「③」は目的が異なるので、求められる表現方法や書き方が異なります。「②」で例を挙げれば、社内報の企画として社員に寄稿を依頼する場合、その人にお願いをした理由・背景や読者にとって価値ある情報になることなどを書くと円滑に進みます。このように、文章力という言葉から連想しやすいのは、「アウトプット」段階のテクニックです。こうしたテクニックの習得は大事ですが、テクニックを学ぶだけでは、広報の仕事で文章を「書ける」ようにはなりません。

プレスリリースを例にしてみましょう。例えば、プレスリリースのリード文の書き方や箇条書きが良い等のテクニックを学んだとします。ところが、そもそもネタを客観的にとらえ、どこにニュースバリューがあるのかを認識できなければ、プレスリリースを書けません。書こう・書きたいと思っても、物理的に「固まってしまう」ことでしょう。仮に、自分の頭の中で「ニュースバリューはこれだ」と認識できたとしても、相手である記者にニュースバリューが伝わらなければ「書ける」とは言えません。データや時流などの要素を加えたり、競合の情報を付与したりすることもあるでしょう。 プレスリリース(①)を例にしましたが、②や③でも同様です。広報で文章を書く際には、文章を書くテクニックとは別の要素が不可欠なのです。(文章を書くテクニックについても次号以降で扱いますので、安心してください)

広報の仕事で文章を書くために

そもそも文章とは、伝わることが必須要件です。ここで言う「伝わる」とは、読み手が頭の中で何らかのことをイメージできるかどうか。プレスリリースで言えば記者が「記事を書けそうだ」と思い浮かばなければ意味がないものになってしまいます。広告やチラシ等であれば、読み手が買ったら楽しそう・便利に使えそう・かわいくなれそうなどのイメージが生まれるか。取材メモであれば取材時のやりとりの様子が浮かぶか。広報では、こうした文章の質が求められます。

記者・広報実務・広報支援の3つの立場を経験した私なりに、広報の「文章力」を図に整理しました。広報における「文章力」はアウトプット段階の表現技法を指すものだけではないと考えた方がよいでしょう。

そもそも情報を受信する「インプット」の段階があります。先ほどのプレスリリースの例で言えば、自社目線という主観を排してネタを社会目線から客観的に認識し、特徴がどこにあるのかを捉えることが必要です。受信した情報は自分の頭の中にしかないので、書き言葉にしたり情報要素を付加したり、相手がイメージできるように翻訳する作業が必要になります(これがスループット)。最後に、文章表現や書き方のテクニック。ここで初めてリード文の書き方や箇条書きが良いといったテクニックに価値が生まれるのです。

次号以降で、段階別のスキルアップ法や、アウトプットの段階でのテクニックをご紹介します。

広報スキルアップ誌上講座【第1回】広報の仕事の特徴とは

2019年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 弊社では、2018年3月から4月にかけて、広報を経験したビジネスパーソンを対象に、「広報の仕事の特徴」を尋ねる調査を実施しました。他の部署ではできない経験、広報の仕事の良いところ、広報の仕事だから身に付けやすい能力など、広報の仕事の特徴として思いつくことを自由記述形式で挙げていただきました。調査では、244件の有効回答がありました。

 調査結果は自由記述ですので、1件ずつ読みながら記述内容をコード化する「アフターコーディング」をしました。たとえば「会社の顔なので、全信用に関わります」といった回答であれば「会社の顔」というコード名を付し、似たような回答があればこれをカウントしていきます。自由記述は「定性」データですが、これを「定量」データに置き換える作業です。この「アフターコーディング」をすると全体的な傾向が見えます。

 アフターコーディングの結果、もっとも多かったのは「受け手目線」というキーワードで27.9%でした。これに「簡潔に説明」(26.2%)、「特徴や要点を抽出」(21.7%)が続きました。ほかにも、「視点・視野・客観性」(17.2%)、「自社理解」(16.4%)といったキーワードが多く見られました。

この結果は、あくまでも自由記述の回答結果を件数に置き換えてボリューム感を確認するためのものです。広報の仕事の特徴を見極めるためには、回答内容を似たものでまとめて「分類」する必要があります。この作業をした結果、回答内容を大きく5つに分類できました。

  1. 会社の顔になる
  2. 高い視座・広い視野・多様な視点が求められる
  3. 表現・方法を考え抜く
  4. 危機管理・危機察知
  5. 人脈が拡がる

特徴1 会社の顔になる

広報は、年齢・役職にかかわらず、会社を代表する立場として、記者や専門業者、お客さまなど外部の利害関係者と関わることが多いという回答が目立ちました。報道対応をしていると、会社の顔として記者の質問に対応します。ホームページや会社案内などの広報ツールを制作する場合も、ひとつひとつのメッセージや表現は会社の顔となるでしょう。

広報業務は会社の顔になることが多いため、「責任感が醸成される」、「他人に説明できるまで事案を理解する癖が身に付く」といったメリットがあるという回答がありました。

特徴2 高い視座・広い視野・多様な視点

「経営に近い」「経営層の考え方や動き方を知ることができる」といった回答が目立ちます。本社機能はいずれも経営に近いですが、広報は、人事、経理など個別機能とは異なり、機能・部門を超越して、統合的・包括的に社内外の情報に触れます。広報の経験を通じて「会社のことを俯瞰できて視座が上がる」のです。 また、「他部署・業界・社会への影響などを想像できるようになる」など視野の広がり、「疑問点や影響範囲を常に洗い出す」「建設的批判や視点を切り替えた発想ができるようになる」といった視点の切り替えに関する回答が見られます。高い視座・広い視野・多様な視点が必要になる(身に付けやすい)仕事と言えるでしょう。

特徴3 表現・方法を考え抜く

広報は、社内外に情報を発信することが主な業務です。「会社の魅力やサービスの特徴を伝えるために表現を考え抜く」「あらゆる方法で効果を最大化しようとする」「創意工夫し続ける思考回路ができる」「調べる、聞く、話す、企画する、文章にする、まとめる、伝える、すべての能力の総合体」といった回答が目立ちます。「情報の受け手目線で考える客観思考が身に付く」「日々接するメディアから、表現方法を学び取ろうとするなど情報感度が上がる」「本社機能でありながら営業センスを養うことができる」といった声は、広報ならではと言えるでしょう。

特徴4 危機管理・危機察知

企業価値を守るためにダメージ・コントロールをすることが広報の特徴だという回答も目立ちました。「昼夜を問わず、会社に関係のある情報やニュースをいち早く察知する」「嘘偽り無く本当の姿だけをわかりやすく伝えることが仕事なので、無いことをいってはいけないが、あることを言わないのはかまわない。腹黒くなれる」のような回答です。広報は危機管理の中でも危機が発生した後の対応が担当領域となります。そのため、「会社に属しながら、半分社外に身を乗り出して仕事をするというか、客観的に自社を見ながら仕事しなければならないところが面白くて難しいところ」というように、バランス感覚が身に付く仕事と言えるでしょう。

特徴5 人脈が拡がる

制作会社など「社外の人脈が拡がる」「記者とのネットワークができる」、「社内人脈が増える」といった回答が目立ちました。短期間で社内外の人脈を幅広く形成できる部署は他にはないと言えるでしょう。関係調整や折衝能力が求められる仕事です。

【推薦本】みる わかる 伝える


失敗学の畑村洋太郎さんの本で、文庫なので気軽に手に取ることができます。

気軽に手に取ることができるものの、内容は非常に充実しています。

この本で書かれている内容は非常に実践的で、観察すること、理解すること、共通認識をつくることのポイントを明確に示してくれています。

毎度のように、もう少し見栄えの良い図にすれば・・・と思ってしまうところはありますが、観察する、理解する、共通認識をつくる、の3つは、いつの時代でも不可欠な能力です。

暗黙知をいかに共有するか、引き継ぎをどうしていくべきなのか、といった観点でも得られることが多いです。

 

時限型広報マネジャーに求められる能力要件の試案

人事異動を前提にした広報マネジャー育成に関する考察

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(日本広報学会「第20回 研究発表全国大会」発表予稿)
※2014年に発表した内容です

要旨


ジョブ・ローテーションを行う企業・官公庁・自治体・団体等(以下、組織と総称する。)は、多く存在する。こうした組織で広報の職にあたる場合、数年というわずかな期間だけ業務に従事することになる。いわば「時限型の広報パーソン」が存在すると言えよう。こうしたジョブ・ローテーションがある組織の実態に即して、時限型広報パーソンの人材育成について考察する。なかでも、能力開発設計が十分になされていないと推察されるマネジャー層に焦点を絞って検討し、体系的な能力要件を試案したい。

1.研究の目的


多くの組織はジョブ・ローテーションを実施している。
人事上の施策として、新人から管理職になるまでにジョブ・ローテーションを実施している企業は約半数の50.8%という調査結果もある1)

広報部門もジョブ・ローテーションが多い。
経済広報センターは大手企業51社に対して広報人材育成などの取り組みを調査してまとめている2)
これによれば、大手企業51社の全社でジョブ・ローテーションが行われている。
また、国内上場企業の広報部長、広報担当役員の人材データベースを構築している宮部(2011)は、2009年1月から2010年9月の間に異動があった350件を抽出し、その間のキャリアパスを整理3)
新たに広報部長・担当役員に着任したケースは216件あり、それまでにPR・CSR・IR業務を担当していた例は64件の29.6%にとどまる。
また、この間に広報部長・担当役員から異動があった例は142件で、引き続きPR・CSR・IR業務を担当したケースは18件の12.7%にとどまる。
この2つのデータから、組織内には一定期間のみ広報業務に従事するいわば「時限型」の広報パーソンが存在すると言える。

ところが、時限型の広報パーソンの人材育成に関する研究は見当たらない。
そこで、人事異動を見越したうえで、広報業務に従事している間に、どのような能力を意図的・計画的に付与しうるのかを考える。
とくに、広報マネジャーに関しては、専門的な知識・技能が求められる一方で、いわば汎用的な能力といえる経営課題と紐づけた戦略設計や課題創出、部下指導、成果報告、業務標準化が重要視される。
そこで、本研究では、時限型の広報マネジャーに絞って、求められる能力を試案する。

なお、本研究は、広報職や広報学・広報論の専門性を否定するものではない。
専門研究の深化に加えて、いわば汎用性の視点を加えていくものである。
広報部門で付与しやすい能力を明確にすることができれば、組織はより意図的・計画的に能力開発とジョブ・ローテーションを実施できるようになる。
時限型の広報マネジャーにとっても、異動後の任用部署で広報経験を活かしやすくなる。

 

2.職業能力の構成


職業能力は、ブルームらが教育目標を明確化するモデルとして提唱した「認知領域」「情意領域」「精神運動領域」を基に、現代でも「知識」「技能」「態度」の3要素から考えることが一般的だ4)

能力の3要素のうち「技能」については、テクニカル・スキル、ヒューマン・スキル、コンセプチュアル・スキルに分けたカッツのスキル・モデル5)が依拠される。
カッツの言うテクニカル・スキルは文字どおり専門的技能であり、広報でいえばプレスリリース作成や編集・校正技術等だ。
ヒューマン・スキルは動機づけやリーダーシップなどの対人関係能力を指し、コンセプチュアル・スキルは前後の工程への影響等を考慮できる能力としている。
現代では、コンセプチュアル・スキルはカッツの指摘から拡張され、論理思考やメタ認知、複眼思考など概念化能力と捉えられることが多い。

カッツは、職位に応じて3つのスキルが必要な割合は異なるとし、これは図1のように表現されることが多い。

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堀(2013)は、能力の構成要素とカッツのスキル・モデルを合わせて図2のように整理している6)

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専門性の開発ばかりでは、異動後に広報業務の経験を生かしきれないことがイメージできよう。

 

3.広報に関する知識・技能の体系や研修プログラム


ビジネス・コミュニケーターの国際団体・IABCのコミュニケーション・プロフェッショナルに関するコンピテンシー・モデル7)は、①コミュニケーション・スキル、②マネジメント・スキル、③ナレッジエリア・スキルに分けて、スタッフ職からシニアコミュニケーターまで4段階で整理している。
しかし、ここでいう①コミュニケーション・スキルは、カッツモデルでいうテクニカル・スキルに相当するものである。
②マネジメント・スキルは、時間管理や業者管理などのプロジェクト・マネジメントを指し、職場管理は含まれない。③ナレッジエリア・スキルもコミュニケーション領域に絞られる。
コミュニケーション・プロフェッショナルのコンピテンシー・モデルであるため、人事異動は想定されていない。

日本パブリック・リレーションズ協会(以下、日本PR協会。)のPRプランナー資格認定制度8)も、一部で時事知識を扱うことはあるが、広報領域の専門知識やテクニカル・スキルに偏る。コミュニケーション・スキルやコンセプチュアル・スキルの開発に相当するものは見受けられない。

なお、PRプランナー資格認定制度に関連して、真部は、役職上位ほど経営や組織体のマネジメントに関する能力の重要性が高まることを指摘したうえで、知識・技能を「基礎領域」「応用領域」「専門領域」に階層化している9)
ただし、コミュニケーション・スキルやコンセプチュアル・スキルに該当するものが見当たらず、時限型広報マネジャーにはやや適用しづらい。

厚生労働省の職業能力評価基準は、業種別、職種・職務別に、必要な知識や技術、職務行動を整理している。
広報を含め、経営企画や人事など管理部門を事務系職種と位置付け、これら事務系職種に共通して求められる行動や知識、および広報に絞った場合に求められる行動や知識を、役職ごとに整理10)
職務行動として記述されている点と、共通能力として「関係者との協働」や「課題設定と成果追求」、「業務効率化」などが挙げられている点、広報マネジャーとして「人・組織のマネジメント」に言及している点は、他の体系とは異なる。
時限型にも対応し得る形でおおよそ整っていると考えられる。ただし、業務プロセスに沿った整理がされていない点や、Off-JTや自己啓発でどのような教育・研修を受けるべきかイメージが沸きづらい点が難点である。

教育・研修・講座については、日本PR協会11)や経済広報センターのほか12)、民間企業でも広報パーソンを対象にしたサービスもあるが、いずれも専門知識や技術の開発に偏りが見られる。

 

4.広報セクションから別部署への異動を見越した能力開発体系の試案


広報部門の中心的な活動は、報道対応と社内報作成などの社内広報である13)
ただし、時限型広報マネジャーの場合、これらを“極める”ことは期待されない。
そこで、他部門への異動後にも経験を活かせるよう業務プロセスに沿って、かつ能力開発項目がイメージできるように整理を試みた(表1)。

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この整理は汎用性の観点を加味するうえで有効だと思われる。時限型広報マネジャーの場合、広報の専門スキルはほとんど不要であり、むしろ広報を取り巻く経営管理や組織行動、イシューマネジメントといった知識付与や、社会に近い立場上、建設的批判や複眼思考、将来予測等の技能開発をしやすい可能性がある。

 

5.今後の課題


新たな着眼点の研究領域だという自負はあるが、現段階では、提示した内容全般にわたって質の向上が求められる。組織全体の教育・研修と連動させることで汎用性を担保している組織もおそらくあると考えられ、広報人材育成の実態を把握しなければならない。具体的な能力開発設計をするにしても、基本プロセス「ADDIE」に基づいてAnalyze(分析)、Design(設計)、Develop(開発)、Implement(実施)、Evaluate(評価)することが必要だ14)。能力開発体系構築に向けたそもそもの「文献レビュー」も実務書を含める必要があろう。本研究は不十分な点が多々ある。

研究を発展させるものとしては、「具体的な研修プログラム開発と効果測定」、「専門職および時限型の広報パーソンの比較調査」、「思考スタイル等の把握による広報パーソンの適正診断ツールの開発」などが考えられよう。実務家である筆者としては、研究者との協働、企業会員の協力、あるいは各研究者による研究を期待するところである。

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1)  リクルート ワークス研究所『Works 人材マネジメント調査 2013』, 2013.
2)  経済広報センター『主要企業の広報組織と人材 2013年版』, 2013.
3)  Junichiro Miyabe, An Attempt on Quantitative Profiling of PR Practitioners in Japanese Companies Applicability of “Revealed Preference” Approach, 14th International Public Relations Research Conference Pushing the Envelope in Public Relations Theory and Research and Advancing Practice, Marchi9-12,2011, Men,L.R. & Dodd,M.D.(eds.), Miami FL:University of Miami Press, pp.565-574.
4)  例として職業訓練教材研究会『十訂 職業訓練における指導と理論の実際』職業訓練教材研究会, 2012.
5)  Katz, R.L,Skills of an effective administrator,Harvard Business Review,52, 1974, pp.90-102(「スキル・アプローチによる優秀な管理者への道」『DIAMONDハーバード・ビジネス』1982.6, pp.75-91).
6)  堀公俊『ビジネス・フレームワーク』日本経済新聞出版社, 2013.
7)  International Association of Business Communicators, Communicator’s Competency Model,http://www.iabc.com/abc/pdf/CompetencyModel1.pdf (2014/8/16アクセス). IABCの概要はwww.iabc.comで.
8)  日本PR協会「PRプランナー資格認定制度」http://pr-shikaku.prsj.or.jp/(2014/8/16アクセス) ほかに、日本PR協会編『広報・PR概論』同友館, 2010. 同『広報・PR実務』同, 2011.
9)  真部一善「広報・PRの実務者が習得すべき知識と技能に関する一考察」『日本広報学会 第19回研究発表大会予稿集』日本広報学会, 2013, pp.147-150.
10) 厚生労働省「職業能力評価基準」, 中央職業能力開発協会のホームページから確認できる. http://www.hyouka.javada.or.jp/user/dn_standards_a9.html(2014/8/16アクセス).
11) 日本PR協会のセミナー/イベント, http://event.prsj.or.jp/(2014/8/21アクセス).
12)経済広報センターの会合案内, http://www.kkc.or.jp/plaza/meeting/ (2014/8/21アクセス)
13) 経済広報センター「第11回企業の広報活動に関する意識実態調査」, 2012.
14)中原淳他『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社, 2006.

文献 (注の引用以外の参照文献)


・   伊吹勇亮「PRエージェンシーにおける広報専門職のキャリア形成に関する探索的研究」『京都産業大学総合学術研究所所報7』京都産業大学, 2012.
・   宮部潤一郎「広報組織・人材論の試み:我が国企業の広報機能(活動)を担う組織と人材に関する考察」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院, 2010.
・   岡﨑裕「『経営の仕組み』を形づくることのできる“コーポレート人材”の育成を」『JMAマネジメント』日本能率協会, 2012.10.
・   福澤英弘『人材開発マネジメントブック』日本経済新聞出版社、2009.
・   大久保幸夫『キャリアデザイン入門[Ⅰ](基礎力編)』日本経済新聞出版社、2006.


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