広報に関連する基礎知識【第12回】報道対応のいま

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前号で、マス・メディアの経営環境が厳しくなっていること、この影響で記事(コンテンツ)の差別化が進んでいることをご紹介しました。具体的には、動向解説を含めた物理的に大きな記事が増えている、あるいは社説以外の記事でも論調が入るようになってきたとお伝えしました。今号は、この変化に対応する広報活動のポイントをご紹介します。

まとめ記事を狙う

新聞は、紙面の大半が大きな記事で埋まるので、記事の本数が減っています。記者から見れば、1本のプレスリリースや1回の記者会見等に対して1本の記事を書くだけではなく、複数社のプレスリリースや記者会見を踏まえて、1本の記事を書く(まとめ記事と言われます)ことが必要になっています。従来はスクープをとる記者が評価されていましたが、分かりやすく情報価値がある大きな記事を書ける「紙面を埋められる記者」も重宝されるようになっているのです。これを企業側から見ると、プレスリリースを出しても記事が載る確率は低下していると言えます。

TVに関しては、報道番組をじっとみると、そもそも「ストレートニュース」と言われる事実情報のみを報じるニュースが極めて少ないことに気が付くことでしょう。ぜひ報道番組を見ながら、特集や企画コーナーなどを除き、アナウンサーが原稿を読みながら伝えているニュースの本数を数えてみてください。多い日でも、新聞の1面・総合面・政治面・国際面・経済面・社会面のそれぞれから1~2本ずつでしょう。報道番組は、放送時間の大半を特集や企画などが占めています。もともと新聞で言う「大きな記事」が多いのです。

 このように報道対応では、記者が複数箇所を取材して大きな記事を書くという前提でアプローチすることが必要になっています。自社の情報だけをプレスリリースで発信するのではなく、他社の動向を含めて「企画」として記者に提案をすることが大切です。

イメージが沸きにくいと思いますので、例示します。近年は「AI」や「働き方改革」が話題でした。たとえば、自社でAIを使って業務効率化を実現できるサービスを開発した、それをマスコミで取り上げて欲しいと考えているとします。この場合、一般的には「AIを使って働き方改革を実現するサービスの提供開始~社内実証では業務効率が●%アップ」などとしてプレスリリースをします。時流(AI、働き方改革)や実績(業務効率●%アップ)といった要素をフックにして記事化を狙います。ところが、記事やニュースの本数は少ないので、取り上げてもらうハードルは高いです。

そこで、「企画」を提案します。自社の情報だけでなく、同業他社の似たサービスをまとめて「AIを使った業務効率化のサービスが続々と上市~●年には●億円規模の市場に」という企画、あるいは「業務効率化」を核にしながら、AI(自社の情報)、新しい研修(他社の情報)、新しい人事制度(他社の情報)などをパッケージにして提案します。自社が単体で乗る記事を目指すのではなく、自社が報道の一部になる前提でアプローチをします。 こうした企画提案のアプローチは、広報専門会社(PR会社)の一部が得意としていますが、企業の広報活動でもぜひ実践しましょう。記者は短期間で担当が変わることが多いので基本は「素人」。複数の取材候補先を例示してあげながら、最終的にどのような記事に仕上がるのかイメージを沸かせてあげることが大切です。なによりも、記者からすれば、一方的に情報提供してくる押し売り型の広報よりも、記者と同じ目線で考えて情報提供してくれる提案型の広報のことを信頼します。信頼の積み重ねがあってはじめて、報道の機会を増やしていくことができます。

基本を徹底する

企画提案のアプローチをするためには、「新聞をよく読む、TVをよく見る」ことがもっとも大切です。報道対応の仕事の質の良否は、この作業の積み重ねに左右されます。仕事柄、多くの企業・大学・自治体の広報担当者と会いますが、新聞をまったく読まない、TVニュースを見ない人が増えています。野球選手がプロになっても毎日「素振り」を繰り返すように、新聞を読む・TVを見るという行為は広報担当者にとって徹底すべき基本です。

 もちろん、何も考えずに新聞をめくり、TVのニュースを眺めるだけでは意味がありません。新聞で言えば、その日の新聞に載っている情報がそもそも何か(新聞にはどのような記事が載っているのか)、記事の扱い(なぜこの記事がこれだけ大きい・小さい扱いなのか、各面のアタマ記事なのか)、記者の署名の有無、新聞の読み比べ(なぜA新聞には載っている記事がB新聞では出ていないのか)などはもちろん、最近よく名前が出ている企業があれば、その会社のHPを見てどのようなプレスリリースを出しているのかを確認したり、ニュース検索をして報道内容を確認したりしながら、広報がどのようなアプローチをしているのかを考えてみましょう。動向をまとめた記事があれば、企画提案のアプローチを考えるヒントとして活用しましょう。自社のビジネスに関わる官公庁の調査報告書や、市場調査会社のレポートなどがあれば、ストックをしておきましょう。

 TVで言えば、報道番組の大半を占める特集や企画の内容・構成を読み解きましょう。多くはテーマを設定し、複数の企業を取材したりしています。テーマ自体の切り口を読み解いたり、記者がなぜその企業に取材にいったのかを考えたりしましょう。  こうした「素振り」があってはじめて、報道の変化に対応できる広報活動を実現できます。報道が変わっているからこそ、プレスリリースを出すだけの押し売りスタイルで満足せず、記者と同じ目線で企画を考えましょう。

広報に関連する基礎知識【第11回】マス・メディアの変化

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


今号と次号では、総務の引き出しのひとつとして、報道対応について取り上げます。今号でマス・メディアの変化、次号でその変化に対応する広報活動のポイントをご紹介します。

マス・メディアってなに?

そもそもマス・メディアとは、なんでしょうか。「マス」は大衆や集団という意味です。メディアは「媒体」ですね。この2つをくっつけた「マス・メディア」とは、マスを対象にコミュニケーションする媒体のことです。端的に言えば広告や広報の世界で「4マス」と言われるTV・ラジオ・新聞・雑誌の4つ。最近はこれに「ネット」が加わり、4マス+ネットをマス・メディアと言うことが多いです。 似たような言葉で「マスコミ」があります。これは「マス・コミュニケーション」を略したものです。「マス・コミュニケーション」はマス・メディアを用いた情報伝達のこと。実際には、「マスコミ」は、「マス・メディアの報道活動」を指すニュアンスで使われることが多いです。

マス・メディアの影響力低下

近年、皆さんは「マス・メディア」の影響力が低下していると見聞きしませんか。これは、①4マスのリーチが減っていること、②受信側がマス・メディアの情報に接しても動かなくなったことーの2つの変化から影響力が落ちたと言われているものです。

リーチの減少に関しては、たとえば新聞の総発行部数(日本新聞協会加盟社)は2000年に約5370万部ありましたが、2017年には約4212万部。1000万部以上減少しています。 受信側が動かなくなったことについては、広報の実務担当者だったときの経験談を例にします。2000年代後半までは新聞でイベント情報等が取り上げられると、午前中は電話が殺到していました。ところが、2010年代に入った頃からこうした反響はなくなりました。広報の効果測定として、年に数回、媒体読者に対してインターネット調査で「記事を読んだか」「記事を読んでHPにアクセスしたか」等を聞いていました。記事を読んだという人の割合に大きな変化はなかったのですが、「HPにアクセスした」等の動きは徐々に減っていました。情報は届いているものの動かなくなったということは、私の経験則で言えば間違いがないことです。

マスコミの変化

部数の減少と受信側が動かなくなるという2つの課題に直面し、マス・メディアを持つ各社は収支が悪化しています。販売収入はもちろんのこと、広告収入が減るためです。

この変化は「マスコミ」(報道)にも影響しています。新聞を題材にして考えてみましょう。

購読が減り続ける新聞各社は、読者の「囲い込み」に必死になっています。これは販売競争だけではなく、記事等のコンテンツや紙面づくりなど報道活動にも派生しています。ジャーナリズムとしての公平性・客観性の担保は必要ですが、営利企業として生き抜くために、新聞の商品である「コンテンツ」の差別化が進んでいます。

新聞各社は、継続して購読してもらえるように、解説記事を増やしたり、記事そのものに主張を入れて読者ターゲットに響きやすくしたり、記事そのものに特色を出すようになっています。元々、新聞は「社説」の論調で保守系などの色はありました。論調の持たせ方が社説にとどまらなくなっています。 皆さんは、昔の新聞は小さな文字でたくさんの記事が載っていたように記憶していませんか。事実だけを端的に伝える報道を「ストレートニュース」と言いますが、こうした記事が減っています。一方で、ひとつのテーマを詳しく解説した記事や、数社に取材して動向をまとめた「まとめ記事」など、物理的に大きな記事が増えています。文字サイズの拡大に伴って載せられる記事の本数が減っているうえ、コンテンツの差別化のために記事そのものが大きくなっている。こうした変化が起きています。

マスコミの質が低下?

最近は「マスコミ」の質の低下が言われます。ただし、数十年前の新聞を読むと、社説は一般論しか書いていないような浅い内容、記事も企業の発表文をそのまま載せたようなものばかりです。落ち着いて今昔を比較すると、コンテンツの「質」が落ちているとは思えません。ぜひ皆さんも図書館に行く機会があったら、数十年前の新聞の縮刷版をめくってみてください。

既述のとおり、新聞に掲載される記事の量が減ったことは確かです。ただし、各紙のWeb版を含めて考えると記事やニュースなどコンテンツの「量」は増えています。

「取材」に関しても、確かに一部芸能報道で一般常識からズレた盗み撮りのような報道はありますが、2000年代初頭と比較して集団で過熱してエスカレートする取材は少なくなりました。業界内でのルールが制定され、過熱した取材が発生した場合は報道各社が自発的に節度ある取材をするようになっています。

つまり、質が低下しているとは言い切れません。昔は、記事は事実の伝達が中心だったので読者が良し悪しを評価する要素がなかった。記事に特色が加わるようになって、読者が評価する要素が生まれた。さらにポータルサイトのニュースのコメント欄で、記事そのものを評価するコメントを目にするようになった。こうした変化で、質が低下しているような印象を持つことが増えたと言えるでしょう。 マス・メディアが生き抜くためにコンテンツに特色を出すようになったいま、どのようにマスコミと付き合っていけば良いのか、実務的なポイントは次回ご紹介します。

広報に関連する基礎知識【第10回】ESG情報開示のポイント

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回は、ESG情報開示がどのようなものか、なぜ投資家がESG情報を求めるようになったのかをご紹介しました。今回は、投資家の関心事に答えるために、どのような情報開示が必要かを考えていきます。

中長期の投資判断に資する情報を開示

前回、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものだとお伝えしました。大事なポイントは「中長期の評価」です。

一般的に投資活動は、財務情報を軸に判断します。ところが、財務情報は過去から現在に至る成果を現すものです。数年先までは予測できても、年金運用に耐えうるだけの中長期的な投資判断の材料にはしづらい。そこで投資家は、経営者がリスク・機会をどう認識し、それに対処するための仕組み・取り組みがあるのかなど「非財務情報」を参照して、中長期的に存続・成長し続けることが期待できるかを定性的に評価します。

この非財務情報は、企業によって開示内容がバラバラなので、全企業が何らかの形で必ずかかわる環境・社会・ガバナンスに絞って評価をするものがESGと言えます。 投資家に対する情報開示を適切に行うために、投資家がどのようなポイントを見て「中長期的に存続・成長し続ける」と評価しているのかを知りましょう。

ポイント①企業の考える力

一つ目のポイントは企業の考える力。いわゆる「環境認識」です。投資家の一番の関心事はリターンにつながるかどうか。だからこそ、環境・社会という大きな括りであれ、水、気候変動、人権等の細分化されたESGテーマであれ、企業が自分たちの市場環境や強み・弱みをどう自覚し、どう利益を創出しようとしているのかを知りたい。

投資家は頭の中で、企業の情報に接しながら、図表のような定性評価をします。縦軸に利益創出の機会とリスク、横軸に売上向上とコスト削減の2つを置いたものです。左上と右上は分かりやすいですね。左上は売上向上の機会の最大化、右上はコスト削減の機会最大化です。左下・右下は少し分かりにくくなりますが、左下は売上が上がらない(売上が減少する)リスクの低減、右下はコストが下がらない(コストが増大する)リスクの低減です。いずれも利益創出につながります。

例えば、業界独自のルール整備や啓発活動等の社会貢献活動を行っているとしましょう。これを単に社会的責任のひとつとして訴求するだけでは投資家に対する説得力は弱い。投資家に対しては、利益創出の一手段として、「法規制等でコストが増大することがないよう、業界独自のルール整備を主導して行い、消費者への啓発活動を積極的に行っている」という文脈をつくって説明することが必要です。 投資家は、あらゆる企業活動を利益創出と結びつけることができているのか、考え方の「質」を探ります。企業の考える力を評価しているのです。

ポイント②良くしていく力

投資家は、企業が発行するアニュアルレポートや統合報告書など各種報告書を、必ず数年分まとめて熟読します。各年度の記載内容を「読み比べ」るためです。各年度の読み比べによって、財務情報では分からない経営改革や環境変化への対応状況、個別具体的な取り組み内容の進化・発展を読み解くのです。

たとえば、この1~2年で「ガバナンス強化の変遷」や「ダイバーシティの取り組みの進化」を紹介する企業が増えました。投資家にとっては取り組み内容の変化を理解しやすく助かることでしょう。このように、時間軸を意識して取り組みの進化・発展を見せていくことが大切です。

中長期の投資判断に対応するためには、施策を検証・改善して育てていくことができる会社だと評価される必要があります。時折、毎年、まったく同じ情報が、同じ文言で載っている報告書があります。これは「本気度がない」「施策を検証・改善する力がない」と評価されてしまうので、絶対に避けるべきことです。

投資家は、企業の中長期的な発展性を見極めるために、企業に「良くしていく力」が備わっているかを見たいのです。

ポイント③真似できない仕組みをつくる力

投資家にとって中長期の投資判断で決め手になるのは、他社が簡単には真似できない「差別化要因」の存在です。

 たとえば、「S」のサプライヤーとの関係性について、多くの企業は調達方針や調達委員会の構成等を開示しています。こうした基礎的な情報はもちろん必要ですが、これだけでは他社との違いが分かりません。たとえば自社だけでなくグループ会社全体、取引先を巻き込んだ形で調達改革を進めている、ある提供サービスがお客さまや地域社会をも巻き込んだサプライチェーン全体でメリットがある仕組みになっているなど、他社が簡単には真似できないポイントを見せなければいけません。

象徴となるようなひとつの製品・サービス・取り組み事例に絞り込んでも良いので、競争力の源泉を具体的に掘り下げて見せることが大切です。

このようにESG情報開示は、扱うテーマが何であっても、企業の考える力、良くしていく力、真似できない仕組みをつくる力が評価されます。環境・社会・ガバナンスという扱うべき項目に引っ張られすぎず、扱うべき内容をしっかりと考えていきましょう。

広報に関連する基礎知識【第9回】ESG情報開示

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務で株主関係管理や投資家向け広報(IR)を担当されている方は多いことでしょう。自社が未上場の場合は、IRの実務に従事することはないでしょうが、親会社が上場している場合はIRに関わる窓口業務は発生することがあります。IRに関するトレンドの知識は習得しておきたいところです。総務の引き出しのひとつとして「ESG情報開示」について学んでおきましょう。


ESGは投資家向け情報開示

数年前からよく目にするキーワード「ESG」。環境・社会・ガバナンスの頭文字をとったものです。今回はESGがどのようなものか概要をおさえましょう。

ESG情報開示についてある企業内で講演した際、「ESGはかつてのCSRブームのように一時的なものではないか」と質問をいただきました。報道などで見聞きするESGの「語られ方」をとても素直に受け止めている質問です。ESGとCSRの違いをはっきりと認識できている読者の方は決して多くないでしょう。

日本では2000年代半ば頃から「CSR」がブームになりました。環境に関わるデータ・取り組みの開示に加えて、社会貢献活動を積極的に行い、企業広告・CMなどでCSRを訴求していました。批判を恐れずに言えば、CSRは企業イメージの向上に繋がるものとして、広告会社主導でブームが作られたといっても良いでしょう。

かつてブームとなったCSRは、一般社会を対象に「社会性のある良い会社」と思われることを目指していたものと言えます。環境であれば、自社がいかに環境保護に取り組んでいるか。社会であれば、いかに社会貢献をしているか。悪しきことはしていない、良いことをしているという文脈がもっとも大切でした。

一方、ESGは、あくまでも投資家を対象にした情報開示です。投資家が中長期的な時間軸での投資の判断材料にできる情報を開示するもの。投資家からすると、企業が環境保護に取り組むこと自体は結構なことですが、自社のビジネスと関係がない植林活動やボランティアを推進していてもそれは「時間もお金もムダ」なもの。投資家にとって関心があるのは、単なる環境保護ではなく、企業を取り巻く「自然資本」をどう活用しているのか。中長期的な時間軸で自然環境の変化にどう対応していくつもりなのか。本社だけでなく関係会社や取引先まで視野を広げた場合、自然資本の活用を戦略的に活用できる仕組みがあるのか。このような、企業として自然資本をどう戦略的に活用できているかに関心があります。

社会の場合はどうでしょうか。たとえば企業がメセナをしている場合、一般社会は「文化・芸術活動を支援する良い会社」と評価することでしょう。ところが投資家は、そのメセナが企業価値向上につながっているのかを知りたい。自然資本の活用と同じように、企業を取り巻く「社会関係資本」をどう活用しているかに関心があります。たとえば、進出したばかりの海外市場でメセナを行い自社の商材を知るきっかけを拡げている、文化・芸術の支援を通じて市場規模そのものを拡張しているなど。投資家にとっては社会的に良い会社かという評価ではなく、社会との関係をひとつの資本としてどう活用しているのか、企業としての経営能力を評価したいのです。

分かりやすさのためにCSRとESGを対比すると、CSRに係る開示は「社会に対して良い会社と評価される」ためのものであり、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものと言えるでしょう。


なぜESGが注目されているのか

なぜESGの情報開示がこれだけ注目されているのでしょうか。還元すると、なぜ投資家がESGの観点を投資に組み込むようになったのでしょうか。これには大きく2つの動きが影響しています。

1)機関投資家に対する国連の働きかけ

企業の活動範囲・規模はもはや国家を超えています。1900年代後半から、先進国の企業とそれ以外の国の労働格差・労働搾取など人権問題が顕在化しました。環境に関しても、先進国企業による後発国の環境破壊が問題視されるようになりました。国境を越えた企業に対して、国単位で制約を課すことは困難。そこで、国家を超えた枠組みの国連が、企業に対して強い影響力を持つ「機関投資家」に対して、ESGを組み込んだ投資判断・意思決定をするように求めました。これが2006年の「責任投資原則」です。

2)投資家自身の変化

 投資家自身の意識も変化しています。投資家の影響が増すことで企業は短期で利益を出そうとし、設備投資や研究開発投資を抑制する傾向が出てきました。企業が短期志向になる一方、中長期で資産運用する年金の運用総額が増え続けており、「長期投資」の重要性が増しています。投資家にとって、短期的にリターンを求める意思決定ではなく、企業の長期的・持続的な成長能力を評価したうえで投資するという環境変化があったのです。

また、2000年代初頭には不正会計が相次ぎました。監査機関や経営者に対する疑念から、企業の経営を担う経営者の能力を評価し、経営者が正しい判断をできる仕組みの有無など、「ガバナンス」を厳しく評価したうえで投資をする動きが生まれました。 ESGはCSRの延長ではなく、まったく性質が異なるものなのです。

広報に関連する基礎知識【第8回】CIの進め方

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回、CI(コーポレート・アイデンティティ)の概念についてご紹介しました。CIは一般的にロゴ管理のことを指すことが多いですが、ロゴ管理はCIの一部です。CIは、MI(ミッション・アイデンティティ)、VI(ビジュアル・アイデンティティ)、BI(ビヘイビア・アイデンティティ)の3つで構成されます(ロゴはVI)。今回は、CIの進め方です。


CIが必要になる時期

CIは創業当初から必要不可欠なものです。ただし、創業者の求心力が強い時や成長が著しい時など、「問題が表面化していない時」にアイデンティティを問い直すことは少ないでしょう。

CIは、一般的に以下の背景・きっかけで検討する場合が多いです。

  • 組織が大きくなり一体感が失われてきた
  • 事業領域が拡大し、全体を束ねるブランドがあいまいになった
  • 事業統合や合併などがあった
  • 周年など記念となるタイミングがある

ひと言で表すと、「組織に変化が必要な時期」でしょうか。

 組織は環境に適応する「生き物」です。人間と同じように段階的に成長(発展)します。様々な研究者が組織の発展段階をモデル化していますが、複数の論者の視点を採用したリチャード・ダフトさんのモデルを見てみましょう(図1)。図の「踊り場」の時が、組織に変化が必要な時期。アイデンティティを確認するひとつのタイミングと言えます。


CIの検討プロセス

Step1 自己客観視

CIは「自分(自社)は何者か」を明確にすることです。まずは自社のことを客観視しなければいけません。

自己客観視のためには、定量・定性データが必要です。最低限実施したいのは「組織文化の診断」。意思決定の傾向、社員に対する評価や期待の傾向などを、「経営理念や方針等で標榜するもの」(表向き言っていること)と「ありのままの姿」(実際にやっていること)の2つの軸で社員にアンケートをすると良いでしょう。定性データは、社史、トップメッセージなどの「文物」や、お客さまのご意見等を網羅的に参照して集めます。

Step2 自己規定

自己客観視の次は自己規定。「自分とは何者か」の定義付けです。

まずは、自社の固有の能力や強みが何かを考えてみましょう。「ビジネスモデル」「風土」「技術・知識」「製品・サービス」などの枠組みで自社の強みを洗い出します。

次に組織文化に焦点を絞り、過去―現在を比較して思い浮かぶ「変わったもの」「変わらないもの」を洗い出します。出てきたものにはポジティブ・ネガティブ両方あるはずです。ポジティブなものに絞り、自分たちが大切にしてきた価値観を確認します。

Step3 自己変革

自己規定はあくまでも「現在」の姿です。変化に対応するためにCIを検討する場合が多いので、どう変化させるかを考える必要があります。

集めたデータや洗い出した材料をもとに「マインド・アイデンティティ」を明文化します。他社のコーポレートスローガンや経営理念を見ながら考えましょう。社員全員で組織文化をどう変えたいかを考えるため、社員アンケートを再度実施することもあります。現在の組織文化の評価と、未来に向けて変わりたい姿の2軸で尋ねると有効です。

Step4 自己表現

ここまで来てようやく、ロゴなどのいわゆる「CI」(VI)になります。自己変革の象徴として自己表現をします。MIを視覚化したロゴの開発やビジュアルルールの制定(VI)、MIを体現する行動の実践・評価(BI)などです。 自己表現の結果、社員やお客さまの自社に対する評価・ブランドが変化したのかを確認し、手段を適宜見直しながら自己表現を続けていきます。組織が次の発展ステージになり、手段の見直しレベルでは耐えられなくなった段階で、再度、自己客観視、自己規定、自己変革、自己表現のサイクルを回す必要が生じます。


CIの方法

CIは理論的に言えば、理念の浸透・視覚化・体現行動の3つで確立できます。ところが、現実にはこれだけでは足りません。そもそもCIがなぜ必要になったのか、CIの目的や組織ニーズが異なるためです。なんのために自己表現するのか、優先すべきターゲットはあるのか、と言い換えることもできるでしょう。理念の浸透・視覚化・体現行動の3つは当然意識しながらも、組織ニーズに応じた社内外の広報活動を実践し、アイデンティティを確たるものにしましょう(図2)。

広報に関連する基礎知識【第7回】CI(コーポレート・アイデンティティ)

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務では、社用車、看板、ユニフォームなど施設や備品を管理していることでしょう。その際に、「ロゴ」を適切に使用するように気を遣っているはずです。一般的にロゴは「CI」と言われますが、総務の引き出しのひとつとして、このCIについて知っておきましょう。


CI=ロゴは間違い?

CIとは「コーポレート・アイデンティティ」の略語です。読んで字のごとく、企業のアイデンティティです。

アイデンティティとは、端的にいえば「自分は何者か」「他との違い」という自己認識です。個人単位でのアイデンティティもあれば、国民としてのアイデンティティもあります。企業(コーポレート)という組織に対してアイデンティティの概念を当てはめたものが「コーポレート・アイデンティティ」です。

一般的に、CIはロゴのことを指します。ところが、ロゴはCIの一部でしかありません。まず、CIの概念を正しく理解しましょう。

CIは、図表1のとおり、「MI」「VI」「BI」の3つで構成されます。それぞれ見ていきましょう。

図表1 CIの構成

MIは、マインド・アイデンティティの略です。企業としての信念と言えるでしょう。経営理念や経営ビジョン、ブランドコンセプトなどがこれに相当します。

VIは、ビジュアル・アイデンティティ。これが一般的にCIと言われているものです。企業の信念をビジュアル化したものです。ロゴやロゴタイプ(文字のデザイン)、社用車やユニフォームなどのデザインルールなど、馴染みがあることでしょう。 BIは、ビヘイビア・アイデンティティと言います。社員の言動、接遇、行動規範など。ビジュアルデザイン以外の対面コミュニケーションの要素です。


ロゴは、会社として大切にしていること(MI)を一瞬で伝えるために、シンボル化したものです。おそらく皆さまの会社のロゴには「このロゴでは、先進性を表しています」など説明があるはずです。会社としての大切な想いをシンボルにしているからこそ、一般的にロゴは厳しい使用ルールがあります。こうした「CIルール」(正しくはVIルール)は厳格なので、社員にとっては面倒くさいと感じがち。MIを感じるもののはずが、単なるルールとして受け止められている場合があります。読者の皆さんの会社ではいかがですか?

いまでは誰もがワープロソフトやプレゼンテーションソフトにロゴのデータをはることができます。社員がロゴの大きさを適当に変えてしまったり、形を変えてしまったりすることがよくあります。正しくないことですが、これが現実でしょう。社員にとって、MIとVIが結びついていないのです。

CIは本来、社員に対してロゴの使用ルールの徹底を求めるだけのものではありません。ロゴの背景にある「MI」の再確認や「BI」の実践を求める必要があります。この意味では、大半の会社はCIのうちのごく一部しか意識できていません。残念ながら、これではコーポレート・アイデンティティの確立につながりにくいです。


CIの再考

CIは1990年代初頭にブームになりました。ブームの当初は、組織文化の革新やコミュニケーション戦略全体の見直しなど、「CI」の本来的な意味に沿って重要性が指摘されCI概念が拡がっていきました。民間企業だけでなく、自治体、大学など幅広くCIの考え方が普及・浸透しました。

ところが、CIの受託は広告会社やデザイン会社を中心に進みました。このことも含めて、発注側にとってアウトプットが目に見えやすい「ロゴ」に、CI概念が矮小化されていったという経緯があります。 近年、経営理念の重要性がたびたび指摘されています。これはまさしく「MI」です。また、経営理念の一環としての行動規範(バリュー)にも注目が集まっています。あるいは、お客さまに対するブランド体験のひとつとして、接客・接遇の重要性が増しています。これはまさしく「BI」です。この意味では、実はCIブームから30年あまりを経て、ようやくCIの3要素が三位一体となってきていると言えるでしょう。


ブランディングの出発点はCI

CIは「アイデンティティ」ですので、「他社との違い」を明確にするものです。前号までに「ブランド」について解説しましたが、ブランドと同じように「差別化」を意味します。そこで、ブランドとCIの概念を簡単に整理しておきましょう(図表2)。 ブランドはお客さまの頭の中にあるものです。この意味で、ブランドの主体は「お客さま」です。一方、CIの主体は「企業」です。ブランドとCIは、主体は異なりますが、「自社を差別化するもの」という意味では共通しています。ところが、自分たちで他社との違いを自己認識できていない場合、お客さまに他社との違いをどう感じていただくかを明確にできません。「ブランディング」の出発点は常にCIなのです。

図表2 ブランドとCIの関係

広報に関連する基礎知識【第5回】ブランドってなに?

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


ブランドは非常に分かりにくい概念です。ところが「ブランド」という便利な言葉はビジネスの現場でよく使われており、広報を兼任する、あるいは株主関係管理や危機管理を担当する総務担当者にとっては、しばしば耳にすることでしょう。そこで総務の引き出しのひとつとして、「ブランド」を解説します。


ブランドがある・ないって?

御社では、「ウチの会社にはブランド力がない」といった会話をする・聞くことはありませんか。情報発信がうまくないという問題意識から、社内でこのような声が出ることがあります。「ブランド」とは非常に便利な言葉ですが、いったい何なのでしょうか。

ブランドは、家畜に押した焼き印(生産元を識別するためのもの)が語源です。では、識別する人は誰でしょうか?

識別する人は、ブランディングのターゲットによって異なりますが、多くの場合は「お客さま」です。お客さまが「どのような特徴をもった会社・製品・サービスなのか」を頭の中に想い描くことができるか(識別できるか)が、ブランドのあり・なしを意味します。

たとえば、私は、企業・自治体・研究機関等を訪問して広報活動のアドバイスをしています。複数社でお付き合いをいただいていますので、一日に予定が何件か入ります。どうしても数時間単位で予定が空いてしまうことがあります。このようなときに、私は「充電しながらパソコンを使いたい」「長居したい」「ご訪問先に近い場所にいたい」など、状況に応じて空き時間を過ごすお店を決めます(もちろん、フラッとお店に入ることもあります)。私が「長居したい」状況だったとき、私の頭の中で「長居できるお店」が具体的に浮かぶ場合は、そのお店にブランドがあると言えます。

ところが、私が「長居ができる」と思っていたお店を利用しているとき、店員さんに「お客さま。ご注文から1時間を過ぎており、お待ちのお客さまがいらっしゃいますので・・・」と言われてしまったらどうでしょうか。私が勝手に「長居ができる」と思っていただけなのに、私の中で勝手にお店に対するブランドが失われてしまいます。

このように、ブランドはお客さまの頭の中にあり、目に見えないものです。お客さまが頭の中に創りあげていくものなので、なんともあいまい。概念自体も理解が進みにくいものなのです。


ブランド力って?

お客さまが頭に想い描くことができるすべてのことを「ブランド連想」と言います。このブランド連想と、おしゃれ、かっこいい、かわいい、歴史・伝統がある、などの「ブランドイメージ」を区別できると、ブランドの概念理解が進むはずです。

たとえばディズニーランド。形容詞と結びつけると「楽しい」と表現する方が多いのではないでしょうか。これはブランドイメージです。

ところが、ディズニーランドと聞いたときに、みなさんは「楽しい」という「文字」が頭の中に浮かんでいるわけではないはずです。まるで自分がディズニーランドにいるかのように想像したり、自分が体験したアトラクションを思い出したりしているはずです。あるいはミッキーが手を振っている姿や夜のパレードのきらびやかな様子が浮かぶ人もいるでしょう。こうした頭の中で想い描いているものすべてがブランド連想です。お客さまが多くのことを連想できるほどブランド「力」があると言えます(いわば脳内シェアです)。


ブランドがあると何がよい?

では、ブランドやブランド力があると何が良いのでしょうか。端的にいえば「競争力」が上がります。

お客さまの脳内シェアが高ければ高いほど、お客さまが商品や発注先を選ぶときに優位になります。他の製品・サービスとの違いをお客さま自身がはっきりと認識できるからです。いわゆる「差別化」です。また、お客さまは、頭の中で思い描いていたことを実際に享受できたときに「信頼」をします。信頼があれば、繰り返し消費いただけるようになります。こうした「差別化」と「信頼」が競争力を強固なものにしていきます。

生産財取引や企業間取引でも同じことです。短納期に対応できる、とにかく相談しやすい、客観的な助言をしてくれる、など、お客さまが連想できることがどれほどあるのか。それがブランド力です。多様な連想に加えて、お客さまが「どうせどこかにお願いするなら秋山さんにやって欲しい」と感情移入をしていただけるまでになると、圧倒的に勝つ競争力を得ることができるのです。


「ブランド力がない・・・」

では、最初の「ウチの会社にはブランド力がない」という感覚は何なのでしょうか。

一般論で言えば、たいていの会社は、社会的知名度は高くない。マスコミ報道も決して多くない。それでも良い人財を採用するために積極的にアピールしなければいけない、業界の垣根を越えた競争が始まっており自社のことをもっと市場にアピールしないといけない、といった課題があります。ブランド力がない・・・という議論になったとき、単に見せ方がうまくないことを指しているのか、ターゲットの脳内シェアが足りていないことを指しているのか(ブランドやブランド力がない)、明確にする必要があります。

あるいは、私が「長居ができる」魅力があると感じているお店は、他の人は「十分程度の隙間時間を過ごす時に魅力的なお店」と捉えている場合があります。こうした「揺らぎ」をできるだけ少なくして、多くのお客さまに同じ連想をしていただこうという取り組みが「ブランディング」です。こうしたブランディングが足りていないのでしょうか。

ぜひ概念理解を進めながら、自社の課題を明確にしてみてください。

広報に関連する基礎知識【第3回】リスク管理の落とし穴を埋める

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 前回は、総務と広報がリスク管理で連携できないと、思わぬ「落とし穴」ができてしまうとお伝えしました。「落とし穴」とは、不祥事や事故が発生した場合に、マスコミや社会から批判の対象になる「初動の失敗」「隠ぺい体質の疑い」「不誠実な意思決定」の3つです。今回は、この「落とし穴」を埋める方法をご紹介します。


初動対応の失敗を防ぐ

米国同時多発テロなど危機的状況での人間行動を綿密に取材したアマンダ・リプリーさんは、著書『生き残る判断 生き残れない行動』の中で、人は危機に直面すると驚くほど「否認」するとしています。「否認」の次に「思考」「行動」と移行することは、災害時の「逃げ遅れ」など災害心理学の研究でもよく指摘されます。人は、想定外の事態を前にすると、「たいしたことはない」と考えてしまったり、思考自体が停止してしまったりします。いわゆる「真っ白」な状態です。

企業は、緊急時にこうした事態が発生しないよう、危機管理マニュアルに必要な初動対応を書き込むことがあります。さらなる備えとして、シミュレーション訓練を実施する企業もあります。残念ながら、こうした対処をしていても、本当に危機が起きると、行動できない社員は多いのです。

初動対応の失敗は、人為的ミスばかりではなく、「動けなかった」場合があります。この落とし穴を埋めるためには、緊急時の行動心理を、社員全員が学んでおくことが大切です。否認・思考・行動の心理状態が生じやすいことを知っているだけで、緊急時に自分の状態を客観視しやすくなり、この移行スピードを格段に上げることができます。


結果的に隠ぺいが疑われる事態を防ぐ

事故などの緊急事態は現場の第一線で発生することが多いです。このため、現場から情報が上がってこなければ、本社や本部は必要な対策を検討できません。この情報ルートにも思わぬ落とし穴があります。

たとえば、危機管理マニュアルの報告フローが、平時と同じピラミッド型となっている場合があります。第一発見者はまず現場リーダーに報告し、現場リーダーが管理職や役員、リスク担当部署に報告し、必要に応じて対策本部をつくる、といった流れが一般的です。ところが、現場には常に現場リーダーがいるとは限りませんし、管理職・役員がすぐに捕まるとも限りません。忠実な正しい社員ほどマニュアルに沿って報告しようとし、上司がいないときは一生懸命上司に連絡しようとして他への報告が遅くなり、結果として対応が遅れてしまうことがあります。

これに対処するためには、現場と本部の双方で「断片的情報でもよいから早く報告する」、「ライン報告のルールは遵守する必要がない」ことを「バイパスルール」として共通認識にしておくことが必要です。

また、人は「悪い情報を伝えたがらない」ものです。どんなに小さなミスでも、上司に報告するのは気が重いですよね。心理学ではMUM効果(「静かにする」の意味)と言われているもので、緊急時には「そもそも正しい情報が流通するとは限らない」のです。

このため、報告を受ける側の管理職や役員は、正しい情報が伝わってきていない前提で、現場の報告を「健全に疑う」ことが大切です。 平時から、緊急時には「バイパス報告OK」や「現場の報告はちゃんと疑う」といった価値観をつくっておかなければ、対処に遅れたり誤ったりして、結果的に隠ぺい体質を疑われてしまう事態になってしまうことがあります。


不誠実な意思決定を防ぐ

倫理学の研究で、ひとは「倫理的な意識をもっていたとしても、実際にそのとおりに行動できるとは限らない」という研究分野(行動倫理)があります。倫理的で誠実な人ほど、危機に直面すると、社会の常識とはかけ離れた社内にとって「誠実な」意思決定をしてしまうことがあります。

たとえば、様々な失敗から学ぼうとする失敗学の畑村洋太郎さんは、判断者を取り囲む「気」(社会的雰囲気)の影響は無視できないと言います。スペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故は、不具合が起きており事故は予測できたものでした。ところが、この事故は、米大統領演説の直前でリビア攻撃が準備されていた時期に起きており、畑村さんは誤った判断の背景に、国威発揚という「気」があったと言います。当然、社会的雰囲気だけでなく、「組織的雰囲気」の影響も考慮が必要です。過去の企業不祥事で、有名企業の経営者が「なんでそんな判断をしたのか」と信じられない思いを抱いたことはないでしょうか。どれほど誠実で倫理的な人でも、そのとおりに行動できるとは限らないのです。

この対処には、自分たちの企業文化を自覚することが不可欠です。たとえば、顧客第一主義を謳っている組織でも、実際には売上至上主義で自社都合の判断基準が浸透していることもあります。平常時は、この価値観が会社の業績アップに貢献しているとこともありえるでしょう。ただし、この企業文化に無自覚な状態だと、緊急時に自分たちは顧客第一で判断していると考えがち。無自覚が一番怖いのです。

また、平時から、他社の不祥事事例を「活用」し、ケース討議を積み上げておくと良いでしょう。他社事例を題材にして自社で起きた場合はどのような判断をすべきかを考え、かつ、その判断理由は何かを一件ずつ積み上げておきます。緊急時に、ケース討議で、落ち着いた状態の時に自分たちが判断した結果と理由を参照できるので、「他社はこうだったけどウチは違う」という逃げ道を無くすことができます。

このように、危機発生時の初動、情報流通、意思決定・判断そのものが、実は危機発生時のリスクです。このリスクを顕在化しないように、総務と広報で連携して、こうしたリスクの芽を摘んでおきましょう。

広報に関連する基礎知識【第2回】総務のリスク管理と危機管理広報の違い

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 企業のリスク対応力強化には、総務と広報で密な連携が必要です。ところが、総務と広報では「リスクの捉え方」が異なり、うまく連携が進まないことがあります。総務の引き出しとして、危機管理広報の知識を得ておくと、連携が進みやすくなることでしょう。今号から数回に分けて、総務担当者の目線を意識しながら、危機管理広報について解説します。

広報部門のリスクの捉え方

 総務担当者にとって、「リスク管理」は常に重要なテーマです。総務では、施設などハードのリスク対応が中心になります。総務が全社大のリスク管理委員会等の事務局を主管している場合は、より包括的かつ長期的な視野でリスクを棚卸し、優先順位を決めて、発生を防止する施策を実行します。総務にとって、リスクは「発生させないもの」「管理するもの」です。

 一方、会社に独立した広報部門がある場合は、緊急時のメディア対応判断は広報部門が担います。緊急時に迅速かつ適切な情報開示を行うため、広報部門では平時から記者会見のトレーニングをしたり、他社の危機事例から発表用資料の素案を事前に作成しておいたりします。広報は、マスコミの情報から、他社の不祥事や不正、事故などの情報を毎日のように目にしています。このため、広報はリスクを「発生するもの」と捉えます。

 経営者は、会社や自分の身を守るために、総務と広報で密に連携してリスク対応の強化を図ってほしいと期待していています。ところが、総務と広報は、リスクの捉え方の違いから「すれ違い」が生じがちです。総務からすると、広報はリスクが発生するスタンスで訓練・評価をするので、総務のリスク管理の抜け道を探す「散らかす存在」に見えてしまいがちです。一方、広報から見て総務は、リスク発生後のことを考えていないように見えてしまうので、総務の取り組みを「実効性がない」と評価しがちです。

 経験則では、こうした認識のすれ違いは、大企業よりも中堅規模の企業の方が発生しやすいです。大企業は、そのネームバリューから、リスク発生後の対処(危機管理広報)の重要性を強く認識しています。また、日常的に社内の至るところで大小のリスクが発生しているため、リスクは発生するものという思考回路ができあがっています。一方、中堅規模になると、社内でリスク対応の経験が少ないため、どうしても観念的になりがち。観念的になると、リスク管理を総務が見て、クライシス対応を広報が見るというように、役割分担をハッキリさせる方向で整理をしがちになります。(リスクとクライシスの違いは図表を参照ください。)

時間軸で見た危機の4段階

総務と広報の溝を無くすべき

 総務と広報の取り組みが分断されていると、思わぬ「落とし穴」ができてしまいます。この「落とし穴」とは、不祥事や事故が発生した場合に、しばしばマスコミや社会から批判の対象になる「初動の失敗」「隠ぺい体質の疑い」「不誠実な意思決定」の3つです。

 広報の関心事は「緊急時のメディア対応や情報開示を、いかに迅速かつ適切に行うか」です。このため、広報部門では、緊急記者会見の開催基準や、会見での謝罪の仕方、会見場で悪意のある写真を撮られないようにするレイアウトの工夫、広報担当者の電話取材の対応方法など、テクニックに意識が向きがちです。こうしたテクニックは確かに重要ですが、広報が見ているのはクライシス対応のごく一部でしかない場合が多いのです。極論を言うと、広報の訓練は、事態発生後に初動の対処が適切で、隠ぺい体質が疑われるような情報の流通の不具合がなく、社内で社会目線を考慮した誠実な意思決定が行われる前提で、最後の出口部分を訓練しています。初動で情報が集まっていない段階での「ぶら下がり」の取材対応を訓練することもありますが、一般的にこうした訓練は広報担当者だけに行われることが多いです。

 一方、総務はリスクを発生させない取り組みが中心になります。リスクが発生時の備えとして、連絡ルートを構築したり、マニュアルを策定したりしますが、実態としてはそれで一安心する場合がほとんど。発生させないことを前提にする総務からすると、初動はマニュアルに沿って適切に人が動くだろう、情報流通は連絡網に沿って行われるだろう、そして、集まった情報をもとに経営者が誠実に意思決定するだろう、という希望的観測に立脚せざるを得ない側面があります。

 このように、総務と広報が密に連携できていないと、初動の失敗、社内で情報が流通せずに隠ぺい体質が疑われる、経営層が不誠実な意思決定をする、といった「肝」の部分の対処が行われないままになってしまうのです。これではリスクが発生した後、どれほど会見場のレイアウトもお詫びも適切にできたとしても、説得力がなく、かえってマスコミや世論を敵にまわすような対応になってしまいます。これは、広報の責任でも、総務の責任でもなく、広報と総務の責任なのです。リスク管理の中核をなす総務担当者が、危機管理広報のスコープを知っておくと、リスク対応力強化の落とし穴を埋めていくことができます。

広報に関連する基礎知識【第1回】広報の仕事とは

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 2017年4月号から2018年3月号までの1年間、総務で広報を兼任する方を対象に、効率的に広報業務を進める戦略の策定方法から、広報実務のポイントをご紹介してきました。今年度は、広報の兼務状況を問わず、まさに総務担当者が知っておくと「引き出し」のひとつになる広報分野の知識やトレンドを、ご紹介していきます。


広報って結局、なにしてるの?

 広報に係る部署は、経営企画部門に含まれることも、管理部門にぶら下がることもあります。総務が広報を兼務することも、経営直轄のこともあります。

 広報は、企業・組織のひとつの「業務」でありながら、学術分野で会社の仕事(いわば事業活動)として研究されてきました。たとえば、広報活動は、学術的には「企業とステークホルダーとの間に、良好な関係を構築・維持する活動」などの定義付けがされています。ただ、ステークホルダーとの関係構築は、営業、人事、総務など、ほとんどの経営活動はこれに帰結してしまいます。現に、多くの会社で広報部門は、マスコミや一般社会との関係構築に係る業務は担っていても、顧客は営業、監督官庁は総務、というように関係構築業務は全社で分掌されています。その意味では、「ステークホルダーとの関係構築」は、会社の仕事として「広報」を捉えてはいるものの、広報部門の業務をうまく説明するものにはなっていません。

 こうした曖昧さがあるためか、経営活動をモデル化したフレームワークで、広報活動が含まれることはほとんどありません。たとえば、経営管理活動の種類やプロセスを整理したファヨールや、ポーターの「バリューチェーン」は有名です。総務に関しては、ファヨールは「保全活動」、ポーターは「全般管理(インフラ)」に位置づけていますが、広報活動は一切言及されていません。ファヨールの時代は広報が確立していなかったと見ることもできますが、ポーターにとっては「眼中」にも入っていなかったか、あるいは、経営企画業務と同じように、事業活動というより経営と一体のものだと認識されたのかもしれません。

 広報が大事だというのは肌感覚で誰もが実感します。企業・組織の規模が一定になれば必ず何らかの広報業務が経営活動に組み込まれたり、部署ができたりします。総務が広報と連携したり、総務が広報を兼務したりすることもあるのに、どうにも業務の位置づけが掴みにくい状態では、連携や実務を進めにくいですね。まずは広報の位置づけを、総務の「引き出し」として知っておきましょう。


広報業務の位置づけ

企業不祥事研究を行う井上泉氏は、近著『企業不祥事の研究』で、経営活動のプロセスを大きく「意思決定」「情報伝達」「事業活動」「情報公開」の4つに分解しています。これは、総務、研究開発、営業といった活動の種類を整理するのではなく、経営の実行プロセスを時系列で整理したものと言えるでしょう。経営そのものの流れがとてもシンプルに整理されており、積極的な情報開示が求められる現代にフィットします。広報業務が経営にどう関連付いているのかも、理解しやすい枠組みです(図)。

経営の4つのプロセスで見た広報業務

 経営における意思決定は、株主総会や取締役会、各種委員会などで行われます。広報は、外部情報の収集など広聴も行っています。広聴業務とはまさに「広く聴く」こと。アンケートだったりヒアリングだったりソーシャルメディアの書き込みだったり、一般社会の代弁者としてマスコミの声を聴いたりします。外部から情報を受信し、経営にフィードバックする業務を行っています。

 また、経営が意思決定したことは、組織内部に情報伝達しない限り、実行されません。社内広報業務はここに位置づけることができます。方策としては社内報やイントラ、対面でのワークショップなどが挙げられます。

 事業活動の断面では、成果が最大化するように、いわゆるPR活動やHPでの情報発信など社外広報業務を実施しています。ここでは知名度の向上や信頼獲得などが成果として期待され、各事業活動の実行を側面支援しています。

 情報公開では、(主管部が広報ではなく総務やIRのこともありますが)財務・非財務の報告業務やステークホルダーとのダイアログ、渉外、何か不祥事が起きたときは誠実で適切な情報開示を行っています。


 この枠組みでみると、広報業務は経営活動の全プロセスに密接に関わっていることがイメージできます。広報業務は、経営が企画したことの実行力・実現可能性を上げる仕事をしていると言えます。組織規模が小さければ事業活動の一部として対外的なPRをしているだけで十分かもしれませんが、組織が大きくなるほど意思決定のために収集すべき情報は多くなり、組織内部への密な情報伝達が必要になり、社会的責任を果たすための情報公開も必要になります。

 広報は、目的や目指す活動といったん切り離して、経営の実行プロセスに沿って位置づけていかないと、何をしているのか理解が進みにくいのです。もし総務が広報を兼務している場合は、経営からは、事務業務でなく企画業務に近い期待値があるはずですので、業務遂行で留意しましょう。総務で広報と連携が必要な場面があったら、どのプロセスでの連携が期待されているのかを適切にとらえていきましょう。