広報で使えるフレームワーク④|田中による経営理念浸透のメカニズム

2020年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。内容を一部加筆・修正して掲載します。

今回は、経営理念をテーマに、広報実務に生かせるモデルを紹介します。

経営理念は何のためにあるのか

そもそも、経営理念は大きく2つのことに作用します。

  1. 企業内部に対する作用
  2. 社会・環境など企業外部と、企業との間の関係に対する作用

上記「1」は、さらに、
(ア)社員にとって行動・判断の指針となる(コントロール機能)、
(イ)会社の一体感を形成する(コミットメント機能)、
(ウ)やる気を引き出す(モチベーション機能)
に細分化できます。

「2」は、会社の社会的意義を経営理念として外部に示すことで、
(エ)自社の経営・事業活動を正当化する機能、
(オ)外部環境との適合を図る際の指針となる機能
があります。

よく、経営理念は「行動・判断のよりどころ」と言われますが、これはアとオ。いわば価値観なので、「損得」ではなく「善悪」が判断軸になるものです。
善悪が判断軸になるからこそ、社内の誰もが納得しやすい判断につながるため一体感を創出し(イ)、内発的な動機付けにもつながる(ウ)。同じように、社外にも事業の正当性(エ)を提示できるのです。

社内広報における理念浸透は、主に「1」が領域となります。

経営理念浸透のプロセス

 経営理念の浸透は、多くの経営・組織学者が研究しています。経営理念の浸透プロセスをモデルはいくつかありますが、今回は、帝塚山大学の田中雅子教授が『経営理念浸透のメカニズム』という本にまとめたモデルを紹介しましょう。

 このモデルは、田中教授がある企業を十年間にわたって追跡調査し、理念の浸透「構造」をまとめたものです。時間軸の要素と浸透の程度が組み込まれている点が特徴。時間軸の要素は役職別の整理に落とし込まれているため、ターゲットとしてイメージしやすい。社内報で経営理念の浸透に挑戦する際、アプローチを考えやすくなるでしょう。

 図表1をご覧ください。きわめて当たり前のことですが、役職によって経営理念に対する浸透の度合いは異なります。影響を受ける人も異なります。

田中による経営理念の浸透メカニズム


 社内報担当者がとくに意識したいのは「若手」の欄。経営理念の浸透を図る中心的な主体になるのは経営者ですが、若手にとって経営者の語りは心に響き、存在はシンボルとなります。一方、職場の上司・先輩の言動の影響が大きいため、経営者の語りや存在は瞬発的に影響を与えることはあっても、継続的に浸透の働きかけに寄与するとは限りません。経営者がどれほどメッセージを発信しても、経営者との距離感や、若手の側の実務経験の少なさから、経営理念に対する実感を伴った深い理解・共感や実践行動への落とし込みにはハードルがあるのです。

 田中教授は、こうした浸透構造を捉えたうえで、浸透レベルを図表2のように整理しています。図表1の「浸透の程度」をより細かくしたものと思ってください。

田中の経営理念浸透のメカニズム(経営理念の浸透レベル)

 レベル1は「理念を認識している」。これはシンプルに経営理念そのものを社内報に掲載する、経営理念策定の背景を紹介することなどが考えられます。

 レベル2は「理念を主観的に解釈できる」。経営理念を体現する「ロールモデル」となる社員を紹介したり(③)、入社まもない若手に経営理念の解釈を自分なりにまとめてもらう企画が考えられます(④・⑤)。

 レベル3の「理念を客観的に理解できる」では、入社数年から中堅クラスの社員に、理念と紐づくエピソードを寄稿してもらうと良いでしょう(⑥)。

 レベル4の「理念が納得できる」では、管理職や指導職の社員が、理念の意味を部下にどのように伝えているかを取り上げることが考えられます(⑪)。

 レベル5の「理念が前提になる」やレベル6の「理念が信念になる」では、経営者・役員・管理職クラスの理念に対するこだわりをインタビューで聞いても良いでしょう。

 図表1の「影響を受ける人」も参考になります。若手に対する理念浸透は職場の上司・先輩が肝になる。この上司・先輩たちにアプローチするために、経営者とのこの層の座談会を企画して、経営者の理念に対するこだわりを直接聞いてもらうと良いでしょう。職場での伝播が期待できます。

 経営理念が、行動規範やバリューに落とし込まれている場合は、先ほどのような企画をこれらと関連付けていきます。たとえば、バリューに「顧客に寄り添う」という項目があったとします。「顧客に寄り添う」とはいったいどのようなことかを若手に考えてもらったり(解釈=④・⑤)、「顧客の寄り添う」を実践できたエピソードを寄稿してもらったりできるでしょう(⑥)。

 社内報の企画を通して、浸透機会そのものを作り出すことを目指していきましょう。

広報で使えるフレームワーク③|キャメロンとクインによる組織文化の分類

2020年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。内容を一部加筆・修正して掲載します。

今回は、「組織文化」を扱います。社内広報の実務においては、何を訴求点にし、どのような文脈にするかを考える際、組織文化を意識できると良いでしょう。

組織文化とは

そもそも「組織文化」とは何でしょうか。多くの研究者が定義を提示しています。おおよそ共通するのは、組織の構成員が共有するものごとの考え方など「価値観」だということです。

この価値観について、ミシガン大学の組織論の研究者であるキム・キャメロンさんとロバート・クインさんは「競合価値観フレームワーク」をまとめています(図表1)。これは、組織に根ざした価値観のタイプを、「家族文化」「イノベーション文化」「官僚文化」「マーケット文化」の4つに整理したものです。

この4タイプは、大きく2つの軸をもとに考えられています。図で言うと、縦軸は「柔軟性と裁量権や独立性」に対して「安定性と統制」が両極にあります。変化や管理に対する考え方と言えるでしょう。横軸は「組織内部に注目する傾向と調和」に対して「組織外部に注目する傾向と差別化」。これは着眼点と言えるでしょうか。

キャメロンとクミンによる競合価値観フレームワーク

この2つの軸は、キャメロンさんとクインさんが、業績の高い組織に共通する指標を統計的に抽出したものです。いずれの軸も、組織があらゆる事象を判断・意思決定する際に基点になるものですね。一方を重視すれば一方の比重は減らざるを得ない。相反して競合するものなので、「競合価値観フレームワーク」と言います。 この4タイプは、経営者や組織の構成員が、何をどのくらい重視しているかという比重を見るものです。たとえば、一般的なイメージとして「官僚文化」という言葉を聞くと、閉鎖的で内向きで良くないものと思いがちでしょう。ただし、官僚文化は、効率性を重視していたり、品質や考え方に一貫性や画一性が生まれたりする側面もあります。どれも大事であり、どれか一つに偏りすぎてもバランスや多様性を欠くものになります。どれが正しいとか間違っているとか正否で見るものではありません。言葉が持つイメージに引っ張られないようにしてください。

さて、皆さんの組織は、どのタイプに近いでしょうか。

図表2をご覧ください。4タイプについて、志向性、リーダーのタイプ、価値の源泉、パフォーマンス向上の理論(アプローチ)をまとめたものです。4つを見比べて、近いと思うものはどれですか。

キャメロンとクインによる競合価値観フレームワークの内容

掲載要素や切り口の検討に活用する

この4タイプをまとめた図表2は、社内広報で役立ちます。

ここでは、自分の勤め先が「家族文化」に近い組織文化があると考えたとします。

たとえば、社内広報では、経営トップが社員にメッセージを発信することがよくあります。発信のタイミングは、年始や年度初め、あるいは経営計画策定時などが多いでしょう。メッセージを社員の心に響きやすいものにするためには、家族文化であれば、(「リーダーのタイプ」にあるように)社員の自発的活動を後押しすることを意識したり、メンター的なスタンスを意識したりすると良いことがわかります。

経営環境の悪化などで、厳しいメッセージが必要な場合も参考になります。家族文化の比重が大きく、これまで柔軟性を重きに置いてきたものの、なれ合いのような風土が生まれてしまっている。あらためて統制を取ろうとしている状態だとします。この場合は「官僚文化」の要素が必要になるわけです。経営トップのメッセージでは、自らがまとめ役になっていく、調整をしていくことを訴求すると良いことがわかります。

経営メッセージだけでなく、社内報の特集や企画を考えるヒントも得られるはずです。たとえば「価値の源泉」や「パフォーマンスの理論」の欄は、記事の掲載要素を洗い出したり、どこに焦点を当てると社員のモチベーションをアップしやすいかを考えたりしやすくなります。

組織文化そのものを変えていこうとしている場合は、現在はどのタイプに比重があり、目指している組織文化はどのような比重なのかを明確にできれば、社内報の切り口をどう変えるべきか考えやすくなります。

なお、キャメロンさんとクインさんは、このフレームワークをもとに診断ツールを作成しています。『組織文化を変える』という訳書の購入者は診断ツールを追加費用なく取得・活用できます。興味のある方は、診断ツールも活用してみましょう。

広報で使えるフレームワーク②|社員の抵抗を管理するチェンジマネジメントモデル

2020年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。内容を一部加筆・修正して掲載します。

広報の実務に活かせる経営・組織分野のフレームワークやチェックリストなどの「ツール」を毎回、紹介しています。今回は、組織変革(社員の意識改革)で活かせるフレームワークをご紹介します。

近年、増えている社内広報の相談

 近年(連載当時の2020年時点)、社内広報の領域で「社員の意識変革」や「組織変革」のご相談が増えています。前回ご紹介した組織の発展段階モデル(図表1)でいえば、「再活性化の必要性」という踊り場状態です。お客さまからは、社員が自分の仕事に視野狭窄している、現場の最前線の社員にイノベーションのマインドがない・・・などの課題をお伺いします。端的にいえば社内広報で「組織変革を後押ししたい」という内容です。

 組織変革の打ち手は、経営戦略・計画の見直し、組織再編、人事評価制度改訂、行動指針の策定・浸透、分社化・M&Aなど数多あります。一般的に、経営企画や人事部門が中心になって進めます。

こうした組織変革に対して、社内広報が貢献できることは間違いないでしょう。ただし、社内広報が「プロパガンダ」のようにならないように、注意すべきです。

 社内広報は、「情報を武器にした活動」です。変革の取り組みを丁寧に紹介したり、ロールモデルを紹介したりすることで、社員の意識に働きかける効果は期待できます。ただし、現実問題として、社内広報が組織再編や人事評価制度と同じ程度のインパクトを持てるでしょうか? 社内広報はあくまでも情報を武器にした活動なので、情報の受け手である社員が受容することを常に意識する必要があります。単に情報という武器を振り回しても、空振りし続ける結果になっては意味がない。「社員の視点を持つ」という社内広報の原理原則を踏まえて、組織変革を後押ししていくことが必要です。

広報活動で使えるフレームワーク|ダウトの組織の発展段階モデル

社内広報で組織変革を後押しするヒント

組織変革は、多くの研究者がフレームワークに整理しています。有名なものは、社会心理学の父といわれるクルト・レヴィンさんや、ハーバード大名誉教授のジョン・コッターさんの組織変革プロセスです。

レヴィンさんは、変革プロセスを3段階に分けました。変革の必要性(危機意識)を社内に浸透し、そのうえで変革を進め、定着化するという3ステップです。

コッターさんはさらに細かく、危機意識を啓発したうえで、変革を推進するチームを社内につくる、そのチームで変革のビジョンをつくる、ビジョンに基づいて実行し成果を出すなどの8段階に分けています。これらは、企業側の視点から、変革の進め方を整理したものです。

 先ほど、社内広報は情報の受け手となる社員が受容しなければ意味がないとお伝えしました。このため、社内広報で組織変革を後押しするためには、社員の受容についてヒントが得られる枠組みが好都合です。いわば強制的に社員目線を持てる、社員側の視点が加味されたフレームワークがあると良いですよね。

 そこで、『組織を変える基本~変革を成功させるチェンジマネジメント』という本で、ジェフリー・ラッセル&リンダ・ラッセル両氏の枠組みを紹介します(図表2)。上段に会社視点での変革プロセス、下段は各プロセスでの社員の心理状態を示しています。社員の抵抗を管理する視点が加味された組織変革モデルは、ほかに見当たりません。

ラッセルによる社員の抵抗を管理する視点を持ったチェンジマネジメントのモデル

 まず、会社として変革の必要性を啓発する段階。社員の多くはこれまでの実績と成功体験をもとに「快適」な状態にあります。社員の快適状態を考慮して、まずは過去の成功を認めることが大切です。そのうえで、なぜ変革が必要かデータを用いたり、変革できなかった場合のシナリオを提示したりします。得てして、変革のスタートを切る段階に、社内報で変革の必要性をトップが訴える特集を組みがちです。しかしここで、過去の成功事例を紹介すると、社員の快適な感情に寄り添い抵抗をコントロールできます。危機意識(ネガティブな感情)だけではなくポジティブな感情を刺激するのです。

 次に、変革プランを導入(着手)する段階。社員は恐れや怒りなどの「抵抗」を抱きます。ここでは社員の不安感情に耳を傾けたり、怒りを受け入れたりすることが大切です。社内報でアンケートを行っても良いでしょう。

 次は変革プランの進捗管理をする段階。社員は次第に変革を受け入れ始め、自分たちなりに創意工夫するなど「探求」し始めます。変革の具体的な取り組みを共有すると良いでしょう。ここでは、探求を後押しする必要があるので、成功事例だけでなく失敗事例にも焦点を当てましょう。

 変革を安定・維持する段階になれば、社員は「受容」しています。ここでは、社員の努力を労い、具体的データで変革の成果を実感できるようにしたりします。 社内広報がプロパガンダだと思われないように、社員の感情を考慮したフレームワークを活用してみてください。

広報で使えるフレームワーク①|ダフトの組織の発展段階モデル

2020年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。内容を一部加筆・修正して掲載します。

広報の実務に活かせる経営・組織分野のフレームワークやチェックリストなどの「ツール」を紹介する連載です。今回は、社内広報の企画に活かせる「組織の発展段階モデル」です。

社内広報担当者の悩み

私は広報のマネジメント分野のコンサルティングを行っていますが、社内広報活動全体の見直しや調査のご相談が増えています。ご相談をいただくと、まず社内広報の目的や課題をお伺いします。ほとんどのお客さまは、社内報など個別の媒体の発行目的は設定しています。ところが、会社としての組織課題が何か、換言すると(社内報といった個別の媒体ではなく)社内広報活動全体の目的がはっきりしていない場合が多いです。

 たとえば、社内報の発行目的として多いのは・・・

  • 社員に会社の動きを知ってもらう
  • 社員のモチベーションアップを図る
  • コミュニケーションの活性化につなげる

―など。

これらは、会社と社員との間に信頼関係を構築するためにも、とても重要なことです。

 ところが、本来、社内報などの媒体は、何らかの課題を解決したり、目的を達成したりする手段です。だからこそ・・・

  • なぜ、社員に会社の動きを知ってもらう必要があるのか?
  • なぜ、社員のモチベーションアップを図る必要があるのか?
  • なぜ、コミュニケーションの活性化が必要なのか?

と問い直しをする必要があります。

組織の発展段階モデルを活用しよう

では、「組織課題が何か?」を考えて問い直してみましょう!・・・と、言われても、自分自身の感覚に頼った答えは浮かんでも、その答えに妥当性があるのか自信が持てない。私も、実務担当者だった時、この不安がありました。社員に対する意識調査をしていれば、それを材料に検討しやすい。でも、こうした調査をしていない場合もあります。何か、方向性を掴める材料があると良いですよね。

そのような時におすすめしたいものが「組織の発展段階モデル」です。

組織は人間と同じように段階的に成長(発展)します。この発展段階に応じて、直面しやすい組織課題と解決方策を整理したものが「組織の発展段階モデル」です。様々な研究者がモデルを提唱していますが、ここでは複数の論者の視点を採用したリチャード・ダフトさんのモデルを見てみましょう(図1)。図の「踊り場」の時が、組織に変化が必要な時期。組織課題と言えます。踊り場を脱した右肩あがりのところに記載しているものが組織課題の解決方策です。

広報活動で使えるフレームワーク|ダウトの組織の発展段階モデル

組織は、起業から間もない段階は、創業者や創業メンバーの独自技能を活かして発展します。属人的な技能で成長していくので、「創造性による解決」と言えます。

成長が続くと何人か採用して、一定人数の「共同体」になります。社員が増えれば当然、会社に対する期待や仕事に対する考え方が異なる人も出てくる。創業者や創業メンバーは、独自価値を創造・提供するだけでなく、組織をまとめる必要に迫られます。これがリーダーシップの必要性であり、明確な方向性の提示による解決が図られます。もし、十数人単位のベンチャー起業で社内広報を強化する場合、まずは経営トップの考えを浸透することが必要だと言えます。

さらに組織が大きくなると、創業メンバーだけでマネジメントできなくなります。管理スパンを小さくするために、中間管理職を配置します。すると、権限移譲の必要性が生まれる。これに対応するために、稟議や会議などの「内部システム」が増えるわけです。権限移譲の必要性に直面している組織であれば、内部システムの必要性を丁寧に解説したり、権限移譲が進み活躍している管理職や職場を紹介したりすることが考えられます。

次に、稟議や会議が定着すると組織が「公式化」します。考え方や判断が官僚的になっていく、いわゆる「大企業病」です。よく言えば、役割分担が機能して円滑に組織を運営できているのですが、縦割りがひどくなると考え方が硬直化して変化に対応できなくなる。そこで、全社横断のプロジェクト制度を導入するなど、チームワークを発達させようとします。この段階では、部門連携の取り組みを紹介したり、各部署の取り組みや課題を紹介したり、現場の情報を吸い上げたりするなどチームワークの発揮を後押しすることが考えられます。

ところが組織は次第に、チームワークの取り組みにも「新鮮味」がなくなる。プロジェクト制度が形骸化することもよくあるでしょう。そこで再活性化の必要性に迫られます。組織は分社化・グループ化をしたり(整理統合)、さらなる規模拡大を目指したり、変化に対応できず衰退していったりします。整理統合やさらなる規模拡大であれば、変革の趣旨・取り組みを丁寧に発信したり、不安を払拭したりする社内広報が必要になります。 組織の発展段階モデルは、広報の実務書や教科書には載っていない、実務に役立つツールです。これを使えば、たとえばなぜ会社の動きを知ってもらう必要があり、知ってもらうべき会社の動きとは何かを明確にしやすいはず。モチベーションやコミュニケーション活性も切り口を明確にできるでしょう。

広報活動、ひたすらがんばる病から脱出

2020年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。内容を一部加筆・修正して掲載します。

広報の実務に必ず活かせる経営学・組織行動分野のフレームワークやチェックリストなどの「ツール」を取り上げます。

広報は「努力」が評価される仕事?

「広報は、やった分だけ組織がどんどん良くなる仕事である」私が、広報実務に従事していたとき、常に感じていたことです。

たとえば報道対応。新しいサービスが新聞で報道されたら営業支援につながります。
著作権の処理をして販促ツールにできますし、問い合わせがあったり、ホームページの閲覧が増えたり、反響が見えたりすることも。また、記事になれば開発担当者の励みにもなる。
さらに、記事を見て社内で会話がうまれたり、社員が家族に会社のことを説明できる契機になったりする。たったひとつの報道でも、様々な効果や影響が期待できます。

一方で私は、ある時から、この「やった分だけ良くなる」という広報業務の特徴に悩むようになりました。
数年間の実務経験を積み、広報活動全体を俯瞰する立場になったときのことです。広報の仕事は、やればやるだけ良いことがあることは間違いない。だからこそ、何を、何のためにやるのかを設定しにくい。目的や課題を設定しにくいのです。

広報は組織とステークホルダー(人)との間に信頼関係を構築する仕事です。
人の評価や感情を相手にした仕事と言えます。
ところが人間心理や行動はときに非合理的。いまだに学術研究でも説明しきれていません。
問い合わせがあった等の効果がはっきり見えることもあれば、そうでない場合も多い。「家で会話が増えた」「社員間の会話の質が変わった」など、測定しようと思えばできる効果もありますが、それを測定しても改善につながるとは限らない。
記事や広告を見る前後での心象変化(刺激に対する反応)を測定する方法もありますし、定点的に認知度やイメージを測定する方法もあります。ただし、心象変化や認知度に影響を与えるのは広報活動以外にも、(営業担当者の印象など)多様な変数があります。
広報の効果測定は、極端な言い方をすれば、担当者の自己満足でしかない場合すらあります。

こうなると、報道対応でも、社内報やホームページなど社内外のメディア運用でも、何を軸として活動し、具体的にどのように組織に貢献していくのか(貢献しているのか)があいまいになる。結果的に「ひたすら頑張る」ことになりがちです。

デジタル化によって効果を確認しやすくなりました。たとえば、紙の社内報では閲読状況を把握しにくいですが、Web社内報では一目瞭然。どのページがどう読まれているか分かり、改善につなげやすい。ただし、この改善に投じている工数は、組織貢献の観点でみた場合に妥当なのかと問われると、どうでしょうか。冷たい言い方になりますが、社員の一定数は、「前よりも社内報は読みやすくなったけど、一生懸命、管理部門が自分たちの仕事を創っているだけ」、まさに「ひたすら頑張っているだけ」と見ていることもあります。

積み重ねた努力の賜物として広報の仕事の処理能力があがっていくので、何とかしてもっと組織に貢献しようと、新たな仕事(努力)を上乗せする。そして、自分で創りだした仕事に溺れてしまう。役員や他部署、あるいは記者から、「がんばっているね」と評価してもらえるし、時には「ありがとう」と感謝もされる。
ここに、広報のやりがいがあるものの、努力だけが評価されている感覚になる。自分の仕事は本当に組織に貢献できているのか。社内外のステークホルダーとの関係を良くするために、情報の受発信というコミュニケーション活動をする仕事にもかかわらず、自分たちの仕事の意義や成果を説明できないことに悩みが募るのです。

これは私の実体験です。単に私は要領が悪かったのかもしれませんが、広報コンサルタントとして多くのお客さまと接していると、この感覚・悩みを持たない広報担当者は少ない。広報の仕事の楽しさ・やりがいが、一方で組織貢献の実感を見失うことにつながる場合があるのです。

広報の領域ではフレームワークが少ない

 要領が悪かった私は「ひたすらがんばる」に溺れ、他部署から「スタンドプレー」とみられる場面が出てきてしまいました。そこで経営に寄与する仕事であることを明文化したいと思い、ありとあらゆる広報の実務書やセミナーを頼りました。ところが、実務書やセミナーは「テクニック論」ばかり。報道対応で言えば、効果的なプレスリリースの書き方とかTVに取り上げられる方法など。これでは「ひたすらがんばる」に拍車がかかってしまいます。

今度は広報の研究者がまとめた教科書や理論書に対象を拡げました。これらは「広報とは」「メディア・リレーションズとは」「IRとは」といった解説ばかりで実践的でない。私は広報に関連する書籍を、学術書・実務書問わず数百冊単位で読んでいますが、広報の理論書では概念の説明、実務書にはテクニック論はあっても、組織に貢献するために状況・課題を整理したり、優先順位を決めたりする手助けになるフレームワークやツールは極めて少ないと断言できます。

わらにもすがる思いで広報の分野を飛び越えて、経営戦略や組織行動のフレームワークやツールに触れた時、広報の実務に活かせるものがたくさんありました。組織の発展段階を俯瞰した概念図から、社内広報の目的を明確にできました。態度変容の構成要素を整理したモデルから、コンテンツ企画を考えやすくなりました。組織行動の分野から、危機管理広報のヒントを得られました。

次回から、社内外の広報実務に役立つフレームワークやツールをご紹介していきます。

【推薦本】「コト発想」からの価値づくり


書名のとおり、技術者向けに、マーケティングってどのようなものなのかを、実践的な方法論をベースにまとめている内容です。

技術者に響きやすいように、顧客が抱えている「不」の解決からアプローチして、価値を見出していく方法は、非常に分かりやすいです。

実は、本書掲載の「不」のリストは、結構、いろいろな企画を考えるときや、ワークショップのネタとして、重宝しています。

技術者に限らず、企画担当者も、「快」とは別の軸で常に考えておきたい実践的な方法論です。

もっと売れても良い内容だと思います。

【推薦本】機会発見ー生活者起点で市場をつくる


定量調査等を通じた分析的アプローチによる問題解決ではなく、行動観察などの定性調査を通じた創造的アプローチによる、市場を見つけ出す・創り出す方法論をまとめた本です。

実は、創造型アプローチによる実践的方法論は、『実践 創造型マーケティング』という本が2009年に産業能率大学総合研究所の編著で出版されていますが、それ以降も、エスノグラフィーやデザイン思考などピンポイントのテーマで紹介されるものはあっても、市場の創造技法を体系立てているものは、あまり見当たりませんでした。

今回の『機会発見-生活者起点で市場をつくる』は、丁寧にステップを整理し、方法論の特徴も解説され、ハンドブックのように、いつでも分からないときに立ち戻ることができる本です。

経営者やマーケティングにかかわる人は必読ですし、営業担当者が定性調査の感性を研ぎ澄ますことができると、たいへん強いです。

文系になじみのない研究開発部門の方には、驚きのある内容でしょうし、理系の方にはあえてチャレンジしていただきたい内容です。

なお、2009年の『実践 創造型マーケティング』も、たいへん刺激的な内容で、独創的な方法論がまとまっています。

【推薦本】企業文化ー生き残りの指針


企業文化とは何なのか、深く、丁寧に、事例もひもときながら、理論と実践を兼ね備えた名著です。

企業文化のアセスメントを具体的にどのように進めていくべきなのか、その社内での合意の取り方まで、ヒントは非常に多くあります。

まったく古びることがない内容です。

中小企業にもM&Aが見られるようになっているいま、あらためて、組織変革や企業文化革新に限らず、企業文化の融合を考える際にも、多くの示唆を得られるはずです。

組織風土にアプローチする危機管理広報

危機発生時の組織・行動心理が社会の批判に至るまでの分析枠組み

line1

(日本広報学会「広報研究」第19号 寄稿)
※2015年に発表した内容です

要旨


本研究は、最終的に危機管理における広報部門の役割の再定義と再構築を目指すものであり、本稿はここまでの研究結果を中間発表するものである。

広報部門は危機管理で重要な役割を担うが、その取り組みはマスコミ対応に限定されがちだ。
社会やマスコミは、広報の是非の以前の問題として、組織風土を問題視する。
このため、危機管理広報の研究者や実務者は、風通しのよい組織づくりの必要性を指摘する。
ところが、どのようにしてこれを実現するのか、手ほどきするものは少ない。

そこで本稿では、まず、危機管理における広報部門の取り組みの現状を、企業側、PR会社側の両面から概観する。
そのうえで、危機管理広報の観点から求められる風通しのよい組織づくりとは何かを整理し、主に心理学系の研究をレビューしながら、広報部門が認識しておくべきリスクとして危機発生時の組織・行動心理と、それが社会やマスコミの批判に至るプロセスの枠組みを提示した。

キーワード:危機管理、危機管理広報、組織風土、組織心理、行動心理

 

1.はじめに


1-1.問題意識と研究方法

危機管理において、マスコミ対応を中心に担う危機管理広報が組織のレピュテーションを守る重要な役割を担うことに疑いの余地はない。
しかし、広報部門や経営者などのマスコミ対応がどれほど優れていても、企業等の体質そのものを社会やマスコミから問題視されては、批判を免れることはできない。
そのため、危機管理広報に関連する多くの文献でも風通しのよい組織づくりにまでアプローチする必要を指摘している。

ところが、危機発生時に機能する風通しのよい組織づくりをどのようにして実現していけばよいのか、具体的に手ほどきするものは少ない。

そこで、本論文では、まず、危機管理における広報部門の取り組みの現状を、企業側、PR会社側の両面から概観する。
そのうえで、広報的観点から必要な風通しのよい組織づくりとは何かを整理し、主に心理学系の研究をレビューすることで、広報部門が認識しておくべきリスクとして危機発生時の組織・行動心理を挙げ、それが社会やマスコミの批判に至るプロセスの枠組みを提示する。


1-2.本稿における概念の整理

危機管理広報を専門に取り組む江良(2010)は、リスク・マネジメントを「企業として存続・発展していくうえで障壁となるリスクを正確に把握し、それらのリスクの対策を講じること」、クライシス・マネジメントを「クライシスを予測し、予防策を講じ、それが発生した場合には被害を最小限にとどめ、復旧を試み、再発防止に取り組むプロセス」としている。
江良はこの関係を「日本では、緊急事態が発生した場合の対応についての危機管理をクライシス・マネジメントと呼び、危機予防や保険によるリスクヘッジの場合にはリスク・マネジメントというように分けると、危機管理のあり方が整理して理解できる、という考え方が定着している」とする。
江良の定義の要素は分かりやすいが、実質的にクライシス・マネジメントがリスク・マネジメントを含んでいる点で概念の整理がやや難しい。

菊地(2011)は、危機管理を時系列のプロセスで、危機予測(イシュー・マネジメント)、危機回避(リスク・マネジメント)、被害軽減(クライシス・マネジメント)、再発防止・信頼回復(レピュテーション・マネジメント)と4段階に分けている。
江良の定義と要素は同じだが、危機管理とクライシス・マネジメントを分けやすい。
本稿は広報的観点から危機管理を捉えていくため、菊地の整理を定義として採用したい。
なお、リスク・マネジメントは昨今、危機だけでなく企業価値向上につながる機会を含むようになっているが、本稿では危機に絞って適用する。
本稿では「危機管理」は、危機予測から再発防止・信頼回復まで全体を指し、「危機管理広報」は、すべてのプロセスにおける「危機管理における広報部門の役割」を指すこととする。
これらを図示すると以下のようになる(図1)。

crisis1

図1 本稿における概念の構成(筆者作成)

 

2.危機管理広報の取り組み


2-1.企業の危機管理広報の取り組み

危機管理広報の現状などを調べた経済広報センター(2012)によると、なんらかの危機管理広報の取り組みを行っている企業は全体の9割を超える。
しかし、内容は「広報部門が社内の危機管理委員会のメンバー」(70.5%)、「広報部門に危機管理マニュアルがある」(67.5%)、「広報部門スタッフが危機管理に関する勉強会などに参加」(65.4%)などである。

似た内容の調査をした共同ピーアール(2013)でも、「広報部門に『危機管理広報マニュアル』がある」(44.2%)、「広報部門が社内の『危機管理委員会』メンバーになっている」(33.5%)、「広報部門のスタッフが危機管理に関する勉強会などに参加している」(31.5%)が多い。

これらの結果から危機管理の施策として、広報部門主導で組織風土までアプローチするものは実施されていないことがわかる


2-2. PR会社による危機管理広報のサービス供給

危機管理広報では、PR会社の支援を受けることも想定できる。
たとえば、メディア・トレーニングでは、経営層に対して従業員の立場から記者対応の在り方を厳しく指導することは躊躇してしまうからだ。

そこで、PR会社の危機管理広報サービスの実態を各社Webサイトから調査した。
手順は、日本パブリックリレーションズ協会(以下、「PR協会」とする。)のWebサイトから「PR関連会社」のリストを確認、そこから各社のWebサイトに遷移して確認した。
リンクが切れている場合は検索サイトで社名を検索し、該当企業のサイトを確認した。
2014年5月20日から8月15日までの間に5回に分けて五十音順に確認した。

なお、この方法で実施した理由は、筆者は企業コミュニケーションの指導・教育業務に従事しており、PR関連会社と一部で競合するため、ヒアリング調査や質問紙調査では回答が得られず総量を把握できないと思われたためである。
もちろん、各社とも、提供可能なサービスをすべてサイトに掲載するとは限らないし、内容が十分に示されていないこともあるため、留意は必要だ。
しかし、危機管理広報に関するPR関連会社のサービスを網羅的に調べた先行研究は見当たらないため、この方法を採用した。
確認した内容は危機管理に関連する形で以下の5つのサービスが存在の有無で、1社ずつ目視した。

  • 危機管理広報の体制構築やマニュアル作成、および緊急時対応支援
  • メディア・トレーニング
  • イシュー・マネジメント
  • 危機管理の全社的な風土革新に向けたサービス(早期警告システム構築やメディア対応に限らない演習、全社的な啓発研修等)
  • 危機管理にかかわる社員意識調査などの組織診断サービス

PR協会のサイト内のPR関連会社リストは全部で153社、このうちサイトの存在が確認できたのは149社だった。
このため、有効サンプルは149となる。

調査結果は表1にまとめた。
おおよそ3社に1社程度はマスコミ対応を中心にした危機管理広報には対応可能だが、イシュー・マネジメントは11社(7.4%)、組織風土革新まで踏み込んでいるのは6社(4.0%)、組織診断はわずか1社(0.7%)だけだった。
この結果、PR会社によって組織風土づくりまで踏み込んだサービスは、ほとんど市場に供給されていないことが確認できた

表1 PR会社の危機管理広報のサービス

①危機管理広報の体制構築やマニュアル作成等 47 31.5%
②メディア・トレーニング 42 28.2%
③イシュー・マネジメント 11 7.4%
④危機管理の全社的な風土革新に向けたサービス  6 4.0%
⑤危機管理にかかわる社員意識調査などの組織診断  1 0.7%

(筆者作成)

経済広報センター(2012)や共同ピーアール(2013)の調査、および上記の研究結果から、危機管理広報は組織風土づくりまでアプローチできていないと考えられる。
もちろん、PR会社ではなく監査法人や経営コンサルティング会社などがサービス提供している、あるいはリスク管理部門や総務部門など広報部門以外が実施している可能性はある。
危機管理における広報部門の業務分掌、あるいは企業の危機管理の取り組みの実態把握が必要だという論点は残る。

 

3.危機管理広報としての組織風土づくり


3-1.危機管理広報で風通しのよい組織づくりが指摘される理由

危機管理の業務は、広報部門だけで成り立つものではない。
実態としては、広報部門の業務分掌は一部にとどまり、リスク管理部門や総務部門が主導することもある。
広報部門は、最終的に組織のレピュテーションを守ることが主業務となる。

では、不祥事等においてマスコミや社会が問題視することは何か。

共同ピーアール(2013)によると、不祥事の発生原因として給与所得者は「企業の利益市場主義」「経営トップの資質、倫理性の欠如」「旧来からの隠ぺい体質」を主に問題視している。
不祥事を起こした企業には、「迅速な情報の全面的開示」「第三者(機関)による原因の究明の依頼」「被害者への賠償」を期待している。
概観すると、危機が発生した際にマスコミや社会が問題視することは、事案自体の性質にはよるが、大きく「対応の遅さ・不誠実さ」「隠ぺい体質」「社会との認識のズレ」と言えるだろう。組織が不誠実で隠ぺい体質を持っていた場合、あるいは結果的に外部からそのように見られてしまう場合も批判を防ぎようがない。

たとえば、単に広報部門に十分な情報が共有されておらず、マスコミ対応が後手にまわり、結果として社会やマスコミから批判されることもある。
篠崎(2004)は、危機発生時において広報部門は、「現実には残念ながら、マスコミの問い合わせを受けて初めて、そのことを知るといったケースも多い」としている。
いかにマニュアルや連絡網が整っていたとしても、現場は目の前の緊急対応に追われ、広報部門に情報共有すべきことまで気が回らないことがあるのだ。

正しい情報がトップまで行き渡らずに、結果的に隠ぺい体質が疑われることもある。
矢島尚(2007)は、ガス湯沸かし器が原因の一酸化炭素中毒事件で、自社製品に問題があったにもかかわらず、品質管理部長が社長に報告をする際、その事実を隠し、不当な改造が原因だったと伝えた事例を紹介。
その社長は真実を知らされずに改造が原因だったものとして記者会見に臨み説明した。
のちに、原因が自社製品にあったことがわかり、次の会見で社長が涙ながらに謝罪したという。
仮にメディア・トレーニングを繰り返し、記者会見そのものに問題がなかったとしても、こうしたケースの発生は抑止できないのである。

このため、多くの危機管理広報の文献で、マスコミ対応以前の問題として風通しの良い組織づくりに取り組むことの重要性を訴えるものが多い(矢島尚2007、駒橋2008など)。

危機発生後のレピュテーション・マネジメントまでを考慮すると、仮に危機が発生したとしても、「不祥事や事故などの危機発生に至ったが、平時からさまざまなイシューを認識し、リスクの顕在化を防ぐ努力を怠ることはなかったし、危機発生後も迅速で誠実な対応をする会社だ」と社内・社外から評価を得る状態をどうつくるかが問われる。
つまり、危機管理のプロセスが個別に実施されるのではなく、一貫・連関した取り組みとして実施されることが必要だと言えよう。

理想的な危機管理の取り組みの連関性は、図2のように示すとイメージしやすい。
インプットが豊富にあれば、想像力が働きやすくなりリスクの洗い出しが進みやすくなる。
リスク・マネジメントが機能していれば、回避できる危機も増えるし、危機への感度も上がるので、危機発生時に危機を感知しやすくなる。
平時から緊急時の備えができていれば、結果としてインパクトを抑止できる可能性が高まる。

ところが、筆者の組織に対する広報指導や広報実務の経験上では、危機管理マニュアルと危機管理広報マニュアルが連動していなかったり、リスク・マネジメントの取り組みが危機の顕在化防止だけで完結していたり、シミュレーション・トレーニングにメディア・トレーニングが含まれていなかったりする組織がよくある。
残念ながら、多くの組織で一貫性・連関性のある危機管理は実現できていないのではないかと考えられる。

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図2 危機管理業務の連関性のイメージ図(筆者作成)


3-2.危機予測や危機回避のフェーズで他部門を支援する

広報部門が危機管理のすべてのプロセスを主導していくことは現実的でない。
実務上は、広報部門が他部門の業務を支援するものと、広報部門が主導する業務に分かれる。

まずは前者の「他部門を支援する」業務を検討する。

最終的にレピュテーションを守るためには、ひとつは、社会から「そこまで備えていても危機が起きたのなら、やむを得なかったのだろう」と思われる状態、誤解を恐れずに言えば“アリバイ”がある状態をつくらなければいけない。
イシュー・マネジメントやリスク・マネジメントの徹底と趣旨が近いので特段新しい指摘ではないが、信頼回復を想定した場合にこれらが不可欠になることを改めて強調したい。
広報部門は、社会に近い立場から社会的要請の視点を組織に提供し、各プロセスの取り組みを連関させる役割を担いたい。

たとえばイシュー・マネジメントのフェーズでは、小山(2011)の研究は示唆に富む。小山は、2000年の雪印乳業の食中毒事件と、2002年に明るみに出た雪印食品の偽装工作という雪印グループの2件の不祥事研究により、雪印が食中毒事件後に「製品事故防止」という特定のイシューの対応に奔走していたことを明らかにした。
一方で社会は、雪印が多様なイシューに対応することを期待していたとする。
雪印のように企業が特定のイシューしか認識できなくなる現象を「イシュー・マイオピア」という概念で説明した。

社会に近い立場にある広報部門の役割として、社会的要請の拡がりや変化を組織にインプットすることは極めて重要な役割だと言えよう。たとえば、普段から報道された他社の危機事例等を分析して情報共有するような支援ができれば、ソーシャル・イシューの感度を高め、リスクの洗い出しにも好影響をもたらすはずだ。

リスク・マネジメントのフェーズでは、リスクの評価や対応で、法令遵守にあまりにも偏っていないか、社会的要請の着眼点で不足している点がないかを組織に具申していきたい。
リスク・マネジメントでは、具体的な対策は安全管理等のほかに、コンプライアンス強化、内部統制強化として実施されるが、コンプライアンスや内部統制は法令遵守がベースになりがちだ。こうした法令順守型アプローチについて郷原(2011)は、社会的要請とのギャップを生み出し、思考停止に陥りやすいと警告する。

このフェーズではほかにも、平時から様々な問題を組織内で共有することも重要だ。
潜在的な問題を認知できていないと、リスク・マネジメントは機能しないし、危機発生時にも隠ぺいにつながりかねない(矢島尚、2007)。
このため矢島尚は、ETF(Employee Task Force)という問題探索のプログラムを紹介している。
各部門から代表者を選定し、インタビュー・スキルを開発したうえで、代表者が各部門で問題を聞き取りする。
その結果を全体会で出し合いながら、最終的に経営トップや役員などに報告会を開くという内容だ。
こうしたプログラムは、必要性は理解できても、きっかけがないと組織的に導入しづらい。
たとえば広報部管轄の社内報の企画と位置付けたり、組織活性化施策として対外広報の素材と位置付けたりするなど、広報活動の一環として展開すれば導入しやすくなろう。
導入を後押しするようなイメージである。

このように、社会に近い立場から社会的要請の視点を補完したり、最終的にレピュテーションを守る観点から各プロセスの取り組みを連関させたりする役割を担っていきたい


 3-3.広報部門にとっての危機発生時の潜在リスク

もうひとつは、マスコミや社会からの批判により直結してくる、広報部門が主導すべき業務である。
危機発生時に迅速で誠実な対応・意思決定ができる状態、「平時と緊急時に異なる行動や意思決定が必要なことを共通認識にできており、これを実践できる状態」をいかにつくるか。

では、平時と緊急時では何が違うのか。たとえば「初動」では、米国同時多発テロなど危機的状況での人間行動を綿密な取材からまとめたリプリー(2009)は、危機に直面すると「否認」「思考」「行動」の三段階が時系列で起きるとし「人々は非常時に異様なほど礼儀正しくなる」とする。
危機が大きいほど、最前線の現場の初動において、迅速な対応、正しい判断ができるかどうかによってレピュテーションへのインパクトは左右される。ところが、人間は危機に直面すると、行動も思考も停止してしまうことがある。
危機管理マニュアルによって危機に直面した際の行動は一定程度明確になっているだろうが、そもそもまったく行動できなくなってしまう可能性があるのだ。

危機発生時の情報管理についても、矢島啓男(1993)は「緊急事態はヒト、モノ、カネ、情報の流れを一変させ、逆流や混乱を生じさせてしまう。
(略)逆ルートで何かを流そうとしても、すぐには機能しないばかりか混乱する。緊急事態発生時の情報管理の難しさはここにある。
事故・事件、緊急事態は第一線の現場で発生することが多く、その現場からの情報がなければ、本社や本部は対策の立てようがない。
しかし、日常活動になれた組織やラインは、末端からの情報の逆流にはなじまない」としている。
危機管理マニュアルの報告フローは平時と同じピラミッド型となっている場合があり、マニュアルに忠実な正しい社員ほどこれに沿って報告し、結果として対応が遅れることがある。

つまり、危機発生時には平時と異なる行動・判断が求められる一方で、行動できなかったり、平時と同じ価値観で判断してしまったりしがちなのである。
このため、危機管理広報の観点からは、危機発生時の初動から情報流通、意思決定・判断そのものを、危機発生時の広報的リスクとして捉えることが必要だと言えよう。
広報部門はここにアプローチしなければいけない。
図3にこの概念を整理して示した。

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図3 危機発生を前提にした場合の広報的リスク(筆者作成)


3-4.危機発生時の組織・行動心理が社会からの批判に至るまでの分析枠組み

危機発生時になぜ初動が遅れ、正しい情報が流通せず、誠実で倫理的な意思決定ができないのか。
これらは心理学の分野で研究が進む。

たとえば、初動でみたリプリーの指摘は、「正常性バイアス」として心理学で整理されている。
人は危機を危機としてありのままに認識し、それに対処することができないことがある。
組織が人で構成される以上、これは組織に大きな影響を及ぼす。

情報共有に関しては、矢島尚(2007)によるトップに間違った事実が伝えられたケースのように、緊急時は正しい情報が流通しない可能性もある。
Rosen&Tesser(1970)によって、人は「悪い情報を伝えたがらない」ことが示されている。
心理学ではMUM効果(MUMは「静かにする」の意味)と言われているものである。

あるいは、証言や記憶が必ずしも正しいものではないことも明らかになっている。
高木(2006)など目撃証言の正確性を分析する研究が多くみられる。

誠実で倫理的な判断や意思決定については、組織の論理にとらわれず、多様な観点・立場から危機をとらえ、倫理的な意思決定をすることが必要だと言える。
ここでは、力を持った特定の人の意見が強くなり代替手段や選択肢が十分に検討されないなどの現象が起きる「グループシンク(集団浅慮)」、自分の間違いを認めようとしない「認知的不協和」など、意思決定を取り巻く心理的な罠があげられよう(認知的不協和は初動にも影響する)。

もちろん、社会の要請とはきわめて複雑なものであり、さまざまな立場によって期待が異なってくる。
組織存続のために社会的要請と合致しない意思決定が必要になることも現実では起こり得る。
ただ、社会認識とのズレを感じさせないように、組織の論理に偏りすぎてしまうことは避けたい。
このためには危機を多面的にとらえる必要があると言えるが、これは心理学で「認知的複雑性」として説明されている。認知的複雑性が低いと多面的な選択肢の発想に至らない。

組織・個人の倫理意識については心理研究も多く(河野ら、2005など)、蘭他(2007)などによって倫理意識の測定尺度も開発されてきている。
その一方で、倫理的な意識をもっていたとしても、実際にそのとおりに行動できるとは限らないというベイザーマンら(2013)の「行動倫理」の研究成果は重要だ。

失敗事例の研究から教訓を得る「失敗学」では、意思決定に関連する心理作用について畑村(2006)が、危機に直面した際の複雑で微妙な判断は、判断者を取り囲む「気」(社会的雰囲気)に影響されやすいという見方の重要性を強調する。
たとえばスペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故は「米大統領演説の直前でリビア攻撃が準備されていた時期に起きており(略)国威発揚という『気』があった」とする。
こうした「気」によって判断を間違えやすくなることがあるという。
当然、社会的雰囲気だけでなく、組織の内外環境を踏まえた組織的雰囲気の影響も考慮しておきたい。

危機発生時にはこうした様々な組織・行動心理が働く。
これらが、「初動の遅れ」「正しい情報が社内で流通しない」「誠実で倫理的な意思決定ができない」といった現象につながり、その結果、社会やマスコミから批判を受けやすくなると考えられる。

このプロセスを図4にフレームワークとして提示する。

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図4 組織・行動心理が社会やマスコミからの批判に至るまでの分析枠組み (筆者作成)


3-5.危機発生時の心理的側面の潜在リスクへの対処に関する試案

これらの広報的リスクにどう対処し得るのか、ここまでの研究の範囲になるが簡単に記しておきたい。

端的に言えば、「組織の行動・判断のクセを自覚し、危機発生時のための価値判断基準を新たにつくることが重要」だと考えられる。
ポイントとしては、「知識獲得」「平時の判断基準の自覚」「危機発生時の判断基準の開発」の3つに分けることができる。

・知識獲得

リプリー(2009)は、危機発生時の緊急時の人間行動(広報的リスク)について平時から知っておくことの重要性を強調する。
緊急時の非日常的な心理作用について社内で認知を得ておきたい。

たとえば、遠田(2005)は、非日常を組織が検知するためには、それを日常だと認識できなければいけない、そのためには非日常を繰り返し認知させ日常化すること、非日常への対応を求める声が大勢になることが大事だとする。
すると、他社の不祥事事例の分析や社内共有が有効だと考えられよう。

こうした事例分析では、不祥事研究の体系化を進める樋口(2012)が開発した不祥事の発生原因を分析するフレームワークが活かせる。
樋口は、組織不祥事の原因を「直接原因」と、リスク管理制度の未整備による「Ⅰ種潜在原因」、それ以外の潜在原因を「Ⅱ種潜在原因」に整理。
標準的な枠組みを使えば、事例分析も社内共有も共通認識のもとに進めやすくなる。

・平時の判断基準の自覚

リプリー(2009)は知識獲得に加えて、危機発生時の判断基軸を事前に明確化し、これを浸透しておく必要があるとする。
ところが、これまで指摘してきたとおり、危機発生時の意思決定や判断は、平時の内在化された「価値観」が拠り所となりがちである。

そこで、組織に内在化された価値観をいったん洗い出すことが必要になる。
この概念やプロセスはシャイン(2004)が詳しい。
たとえば、顧客第一主義を謳っている組織であっても、実際には売上至上主義で自社都合の判断基準が浸透していることもある。
仮に自社都合の判断基準だったとしても、平時の内在化された価値観は組織の機能を下支えし、事業が円滑に進む重要な要素となっていることもある。
緊急時のために丸ごと書き換えようとすることは適切でない。平時の価値観をしっかりと洗い出したうえで、危機発生時の広報的リスクとして自社都合の判断をしがちだと認識し、危機発生時に求められる「価値観」を別につくりだしていくことが有効であろう。

・危機発生時の判断基準の開発

第三の危機発生時に求められる「価値観」づくりは、広報的リスクの3項目に沿って大きく3つに分けることができる。

まずは「初動の遅れ」に対応するものだ。
たとえば、矢島啓男(1993)は、緊急時の情報管理のポイントとして、現場と本部の双方で「断片的情報でもよいから早く報告する」、「ライン報告のルールは遵守する必要がない」ことの認識を「バイパスルール」として共有したいとする。
東日本大震災で多く報じられた標語「津波てんでんこ」も初動で求められる行動を象徴させたものと言えるだろう。

「正しい情報の社内共有」については、吉川(2012)は、「悪い情報が伝わっていないのではないかという意識で情報を取りに行く」ことが重要だとする。
あるいは、報告を受ける側の管理職や役員クラスは、「正しく報告がされていないのではないか」という健全な懐疑的意識をもって情報に接することも必要だろう。

最後に「誠実で倫理的な意思決定」に関しては、実践としての企業倫理(梅津、2002)が参考になる。
企業倫理の実践では、梅津(2002)、本橋(2008)、秋山(2008)ともに平時におけるケース討議の有効性を説いている。

中でも本橋(2008)は、正解のない葛藤状況のケースを基に討議することで、「参加者個人だけではなく、討議に参加している集団が持っている価値観をあらわにし、あらためて確認したり、問い直すきっかけになる。
討議を通じて倫理綱領や行動規範との関連づけができれば、そこに示された『原則』に基いた具体的な行動を理解し体得することにもなるだろう」とする。
平時の内在化された価値観を踏まえながら、答えのない葛藤状況のケース討議を通じて、その組織ではどのような判断をしていくのか「理由」を積み上げていくことで、危機発生時に拠り所となる判断基準を共有していくことができよう。

4.まとめと今後の課題


本稿では、危機管理広報の取り組みについて、企業調査の結果と、PR会社のサービスの実態把握により、組織風土までアプローチできていない現状を確認できた。
そのうえで、プロセスごとに分断されがちな危機管理の取り組みについて、最終的にレピュテーションを守るうえでは一貫性・連関性が求められることを明確にし、このために、広報部門は
①他部門を支援し社会的要請の視点を組織に提供していくこと
②危機発生時に迅速で誠実な対応・意思決定ができる組織風土づくりには広報部門が主導して取り組むこと
が求められることを整理した。
後者のアプローチに向けて、主に危機発生時の組織・人間行動の心理的側面の影響を確認し、こうした心理作用が社会やマスコミの批判に至るまでの分析枠組みを提示した。
補足的に、ここまでの研究で考えられる対策を手ほどきした。

危機管理広報を企業倫理や企業文化、心理学等から多面的にとらえようとする試みは、実践の場で現実に起きる複雑な事象に対峙する際に求められる統合的対応の含意に繋がるだろう。
一方で、緊急時のリーダー行動や航空安全管理、医療現場等のスキルアプローチのレビューができていない。危機から復元する力として「レジリエンス」という概念も昨今注目を集める。
こうしたスキルの側面の研究に着手できておらず、結果として組織診断のモデル構築にも至っていない。
最終的には、危機管理における広報部門の役割の再定義と再構築を目指したい。

今後は、安全管理、企業倫理、CSR、失敗学、不祥事研究、心理学など周辺学問分野に着目しながら、事例分析等により根拠を積み上げ、提示した枠組みのブラッシュアップと組織診断のモデル開発を急ぎ、これらを実践して検証していきたい。

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文献


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【推薦書】企業変革とCI計画


すでに30年近く前の本ですが、まったく古びることがありません。

日本では、「CI」が1980年代にブームになりましたが、「VI」に大きく偏って拡がってしまいました。

VIも大事な要素ですが、CIは、以下の3つで構成されると考えられています。

コーポレート・アイデンティティの構成要素

  • 「VI」(ビジュアル)
  • 「MI」(マインド)
  • 「BI」(ビヘイビア)

CIとはロゴ・デザインなどの「VI」だけで完結できるものではありません。

こうしたCIの基本的な構成の解説ではなく、企業変革に活かすにはどうしたら良いのか、CIの観点でどのような組織診断を実施すれば良いのか、人材開発やリクルーティングまで落とす設計をどうするか、多くのフレームが示されています。

とても分厚く読むのが大変なので、企業文化の階層、企業文化の類型、意思決定スタイルとしての企業文化など、モデルや象限に分けた図を眺めるだけでも多くのヒントがあるはずです。


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