広報に関連する基礎知識【第10回】ESG情報開示のポイント

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回は、ESG情報開示がどのようなものか、なぜ投資家がESG情報を求めるようになったのかをご紹介しました。今回は、投資家の関心事に答えるために、どのような情報開示が必要かを考えていきます。

中長期の投資判断に資する情報を開示

前回、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものだとお伝えしました。大事なポイントは「中長期の評価」です。

一般的に投資活動は、財務情報を軸に判断します。ところが、財務情報は過去から現在に至る成果を現すものです。数年先までは予測できても、年金運用に耐えうるだけの中長期的な投資判断の材料にはしづらい。そこで投資家は、経営者がリスク・機会をどう認識し、それに対処するための仕組み・取り組みがあるのかなど「非財務情報」を参照して、中長期的に存続・成長し続けることが期待できるかを定性的に評価します。

この非財務情報は、企業によって開示内容がバラバラなので、全企業が何らかの形で必ずかかわる環境・社会・ガバナンスに絞って評価をするものがESGと言えます。 投資家に対する情報開示を適切に行うために、投資家がどのようなポイントを見て「中長期的に存続・成長し続ける」と評価しているのかを知りましょう。

ポイント①企業の考える力

一つ目のポイントは企業の考える力。いわゆる「環境認識」です。投資家の一番の関心事はリターンにつながるかどうか。だからこそ、環境・社会という大きな括りであれ、水、気候変動、人権等の細分化されたESGテーマであれ、企業が自分たちの市場環境や強み・弱みをどう自覚し、どう利益を創出しようとしているのかを知りたい。

投資家は頭の中で、企業の情報に接しながら、図表のような定性評価をします。縦軸に利益創出の機会とリスク、横軸に売上向上とコスト削減の2つを置いたものです。左上と右上は分かりやすいですね。左上は売上向上の機会の最大化、右上はコスト削減の機会最大化です。左下・右下は少し分かりにくくなりますが、左下は売上が上がらない(売上が減少する)リスクの低減、右下はコストが下がらない(コストが増大する)リスクの低減です。いずれも利益創出につながります。

例えば、業界独自のルール整備や啓発活動等の社会貢献活動を行っているとしましょう。これを単に社会的責任のひとつとして訴求するだけでは投資家に対する説得力は弱い。投資家に対しては、利益創出の一手段として、「法規制等でコストが増大することがないよう、業界独自のルール整備を主導して行い、消費者への啓発活動を積極的に行っている」という文脈をつくって説明することが必要です。 投資家は、あらゆる企業活動を利益創出と結びつけることができているのか、考え方の「質」を探ります。企業の考える力を評価しているのです。

ポイント②良くしていく力

投資家は、企業が発行するアニュアルレポートや統合報告書など各種報告書を、必ず数年分まとめて熟読します。各年度の記載内容を「読み比べ」るためです。各年度の読み比べによって、財務情報では分からない経営改革や環境変化への対応状況、個別具体的な取り組み内容の進化・発展を読み解くのです。

たとえば、この1~2年で「ガバナンス強化の変遷」や「ダイバーシティの取り組みの進化」を紹介する企業が増えました。投資家にとっては取り組み内容の変化を理解しやすく助かることでしょう。このように、時間軸を意識して取り組みの進化・発展を見せていくことが大切です。

中長期の投資判断に対応するためには、施策を検証・改善して育てていくことができる会社だと評価される必要があります。時折、毎年、まったく同じ情報が、同じ文言で載っている報告書があります。これは「本気度がない」「施策を検証・改善する力がない」と評価されてしまうので、絶対に避けるべきことです。

投資家は、企業の中長期的な発展性を見極めるために、企業に「良くしていく力」が備わっているかを見たいのです。

ポイント③真似できない仕組みをつくる力

投資家にとって中長期の投資判断で決め手になるのは、他社が簡単には真似できない「差別化要因」の存在です。

 たとえば、「S」のサプライヤーとの関係性について、多くの企業は調達方針や調達委員会の構成等を開示しています。こうした基礎的な情報はもちろん必要ですが、これだけでは他社との違いが分かりません。たとえば自社だけでなくグループ会社全体、取引先を巻き込んだ形で調達改革を進めている、ある提供サービスがお客さまや地域社会をも巻き込んだサプライチェーン全体でメリットがある仕組みになっているなど、他社が簡単には真似できないポイントを見せなければいけません。

象徴となるようなひとつの製品・サービス・取り組み事例に絞り込んでも良いので、競争力の源泉を具体的に掘り下げて見せることが大切です。

このようにESG情報開示は、扱うテーマが何であっても、企業の考える力、良くしていく力、真似できない仕組みをつくる力が評価されます。環境・社会・ガバナンスという扱うべき項目に引っ張られすぎず、扱うべき内容をしっかりと考えていきましょう。

広報に関連する基礎知識【第9回】ESG情報開示

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務で株主関係管理や投資家向け広報(IR)を担当されている方は多いことでしょう。自社が未上場の場合は、IRの実務に従事することはないでしょうが、親会社が上場している場合はIRに関わる窓口業務は発生することがあります。IRに関するトレンドの知識は習得しておきたいところです。総務の引き出しのひとつとして「ESG情報開示」について学んでおきましょう。


ESGは投資家向け情報開示

数年前からよく目にするキーワード「ESG」。環境・社会・ガバナンスの頭文字をとったものです。今回はESGがどのようなものか概要をおさえましょう。

ESG情報開示についてある企業内で講演した際、「ESGはかつてのCSRブームのように一時的なものではないか」と質問をいただきました。報道などで見聞きするESGの「語られ方」をとても素直に受け止めている質問です。ESGとCSRの違いをはっきりと認識できている読者の方は決して多くないでしょう。

日本では2000年代半ば頃から「CSR」がブームになりました。環境に関わるデータ・取り組みの開示に加えて、社会貢献活動を積極的に行い、企業広告・CMなどでCSRを訴求していました。批判を恐れずに言えば、CSRは企業イメージの向上に繋がるものとして、広告会社主導でブームが作られたといっても良いでしょう。

かつてブームとなったCSRは、一般社会を対象に「社会性のある良い会社」と思われることを目指していたものと言えます。環境であれば、自社がいかに環境保護に取り組んでいるか。社会であれば、いかに社会貢献をしているか。悪しきことはしていない、良いことをしているという文脈がもっとも大切でした。

一方、ESGは、あくまでも投資家を対象にした情報開示です。投資家が中長期的な時間軸での投資の判断材料にできる情報を開示するもの。投資家からすると、企業が環境保護に取り組むこと自体は結構なことですが、自社のビジネスと関係がない植林活動やボランティアを推進していてもそれは「時間もお金もムダ」なもの。投資家にとって関心があるのは、単なる環境保護ではなく、企業を取り巻く「自然資本」をどう活用しているのか。中長期的な時間軸で自然環境の変化にどう対応していくつもりなのか。本社だけでなく関係会社や取引先まで視野を広げた場合、自然資本の活用を戦略的に活用できる仕組みがあるのか。このような、企業として自然資本をどう戦略的に活用できているかに関心があります。

社会の場合はどうでしょうか。たとえば企業がメセナをしている場合、一般社会は「文化・芸術活動を支援する良い会社」と評価することでしょう。ところが投資家は、そのメセナが企業価値向上につながっているのかを知りたい。自然資本の活用と同じように、企業を取り巻く「社会関係資本」をどう活用しているかに関心があります。たとえば、進出したばかりの海外市場でメセナを行い自社の商材を知るきっかけを拡げている、文化・芸術の支援を通じて市場規模そのものを拡張しているなど。投資家にとっては社会的に良い会社かという評価ではなく、社会との関係をひとつの資本としてどう活用しているのか、企業としての経営能力を評価したいのです。

分かりやすさのためにCSRとESGを対比すると、CSRに係る開示は「社会に対して良い会社と評価される」ためのものであり、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものと言えるでしょう。


なぜESGが注目されているのか

なぜESGの情報開示がこれだけ注目されているのでしょうか。還元すると、なぜ投資家がESGの観点を投資に組み込むようになったのでしょうか。これには大きく2つの動きが影響しています。

1)機関投資家に対する国連の働きかけ

企業の活動範囲・規模はもはや国家を超えています。1900年代後半から、先進国の企業とそれ以外の国の労働格差・労働搾取など人権問題が顕在化しました。環境に関しても、先進国企業による後発国の環境破壊が問題視されるようになりました。国境を越えた企業に対して、国単位で制約を課すことは困難。そこで、国家を超えた枠組みの国連が、企業に対して強い影響力を持つ「機関投資家」に対して、ESGを組み込んだ投資判断・意思決定をするように求めました。これが2006年の「責任投資原則」です。

2)投資家自身の変化

 投資家自身の意識も変化しています。投資家の影響が増すことで企業は短期で利益を出そうとし、設備投資や研究開発投資を抑制する傾向が出てきました。企業が短期志向になる一方、中長期で資産運用する年金の運用総額が増え続けており、「長期投資」の重要性が増しています。投資家にとって、短期的にリターンを求める意思決定ではなく、企業の長期的・持続的な成長能力を評価したうえで投資するという環境変化があったのです。

また、2000年代初頭には不正会計が相次ぎました。監査機関や経営者に対する疑念から、企業の経営を担う経営者の能力を評価し、経営者が正しい判断をできる仕組みの有無など、「ガバナンス」を厳しく評価したうえで投資をする動きが生まれました。 ESGはCSRの延長ではなく、まったく性質が異なるものなのです。