兼任広報担当者向け広報基礎知識-12 社内報のポイント

2017年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、兼任広報担当者向けに、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


今号は、社内報のポイントをご紹介します。社内報は、紙媒体からイントラネットなど多様な発行形態になっています。社内報の役割・期待効果も、古くは社内の情報共有を中心にした媒体だったものが、たとえば、社内報をきっかけにしてコミュニケーションを誘発させる、社内報を理念・戦略の浸透ツールとする、社内報を通じて日々の業務に直結するノウハウ・メソッドを共有し社員教育をする、など、会社によって活用の仕方も様々になっています。一方、生産性向上で余裕がなくなった現場、ペーパーレス化が進み資源に対する意識が変わった現場から、社内報に対する社員の評価は厳しい目もあります。


社内報はムダ?

昨年(2017年)12月に、ビジネスパーソンの方に、「社内報の意味や効果」について自由回答で尋ねるインターネット調査を行いました(弊社調べ。協力:ミルトーク)。回答が得られた約400件のうち、およそ半数程度が「いらない」「意味ない」「発行にかかる費用の分、給料増やせの世界」「偉い人の自己満足」「本社の仕事をつくるための仕事」など、辛らつで否定的な声がたくさんありました。とくに紙媒体の発行に対する否定的な声が目立ちます。

私が広報実務を担当していたとき、社内報の制作も広報部管轄でしたので、社内報に対する否定的な評価を肌で感じることはありましたが、この匿名アンケートによる辛らつな声の数々を目にしたとき、「これが現実なのか」と悲しい気持ちになりました。


社員から評価される社内報とは

一方、効果があるとする声も半数程度あります。落ち着いて考えると、5割程度も高評価される社内ツールなら、まだまだ存在感・影響力が多大にあると見ることもできるでしょう。社内報を支持する声をいくつか具体的にご紹介しましょう。

  • 社内ニュースやイベント情報などが見られて良いと思う。あと、ウチの会社は毎年新入社員情報を載せているので、どんな新人が入社したのかを予め知るツールとしてもGood
  • 有給の取り方や出張手当の申請方法など直接は聞きづらい制度の説明が載っていてとても助かりました
  • 意外と知らない自社のプロジェクトが紹介されていたり、社員のコラムがあって、自分もこの会社の一員なんだなあって思えるというか、会社の事が好きになれる気がします
  • 他の支店の成功例や会社の今後の対策が分かる。普段あまり接点のない部署のことが分かり、興味をもつきっかけになる

否定・肯定の声を1件1件確認し、集約すると、社内報は紙発行やイントラ活用に限らず、以下の3点が「社員目線」で重要だということが見えてきました。

  1. 「情報源」になる
  2. 日々の業務で役立つ情報を得ることができる
  3. 視点・視野・視座が変わる情報を得ることができる

情報源になる

自由回答の声では、「新人」「社員の冠婚葬祭」「人事異動情報」「他部署の動き」「会社の進む方向性」「福利厚生」「趣味」など、キーワード自体は様々ですが、社内報を評価する声のウラには必ず「情報源」として機能していることが分かりました。逆に言えば、イントラなど他の媒体で得られる情報を単に再録・周知しているような社内報は、発信形態が何であっても情報源として機能せず、評価されないということです。


日々の業務に役立つ情報が得られる

調査では、他部署が紹介されているので何か困ったときに連絡をとるきっかけになる、他部署の事例からどうやっていけば良いか分かる、成功例や失敗例が参考になる、といった回答が見られました。これもひとつの情報源ではありますが、具体的に日々の業務に役立つかどうかが社内報の評価を左右するといっても過言ではありません。換言すると、社内報が社員を支援するツールになり得ていなければ、社員からは評価されないのです。

視点・視野・視座が変わる

社内報を好意的に評価する声では、一体感や求心力の醸成といったキーワードが多く見られました。普段、仕事に取り組んでいると、どうしても自部署や自分の業務に視野が狭窄しがち。硬めのネタでいえば会社全体のことを俯瞰できて愛着がわく、柔らかめのネタでいえば普段接している人の違った一面が分かるなど、視点・視野・視座が変わる情報は印象に残りやすいようです。

自己満足にならないために

発行側にとって社内報の目的は、理念浸透やコミュニケーションの誘発、経営と社員との関係構築など、これまで見てきたような社員評価とは別軸で存在しています。その目的を達成できれば、社員の評価は別問題という見方もできるかもしれません。ところが調査結果からは、社員の評価を得られなければ、社内広報業務そのものへの共感が弱まってしまう、ひいては目的を達成することができない恐れがある、という論理の方が現実に近いと考えられました。

社内報業務は、あらためて社員にとっての情報価値と向き合うべきでしょう。コミュニケーションのきっかけをつくる、理念を浸透するなど、社内報の役割・機能を見出すことも大切ですが、いつの間にか社員のことを考えているようで社員の存在を忘れてしまっていることがないか、常に確認しましょう。

一年間、総務で広報業務を兼任する方を対象に、効率的に広報業務を進める戦略の策定方法から、広報実務のポイントをご紹介してきました。ありがとうございました。

兼任広報担当者向け広報基礎知識-10 社内広報の基本

2017年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、兼任広報担当者向けに、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


第10回 社内広報の基本として大切なこと

前号から広報実務の基本をご紹介しています。今号はインターナル・コミュニケーション(社内広報)に関わる基本的な考え方をご案内します。


経営理念の社内浸透が進まない・・・

インターナル・コミュニケーションの目的は、経営理念の浸透、社内コミュニケーションの活性化、社員の定着率向上など、組織が置かれている状況によって様々です。手段に関しては、従来は「社内報」が中核となっていましたが、パンフレット、イントラ、社内テレビ、社内イベント・ワークショップなど多様化しています。

昨今、インターナル・コミュニケーションの領域で非常に多くの方からいただくお悩みが「経営理念やブランドの社内浸透がうまく進まない」ことです。今号ではこれを題材に社内広報の基本として大切なことを考えていきましょう。

経営理念は企業の目指す姿として、あらゆる事業活動の判断基準になるものです。すべての社員の誰にとっても不可欠なもののはずなのに、なぜ社内浸透がうまく進まないのでしょうか。 経営理念の浸透は、社内報を中核にしながら、浸透冊子をつくったり、唱和したり、研修を行ったり、ポスターとして掲出したり、様々なアプローチで実施されます。社内ワークショップをするケースもあるでしょう。社員の人事評価に経営理念に関わる項目を盛り込んだり、経営理念に基づいて社員が相互に褒めあう活動を実施したりする企業もあるようです。何をもって経営理念が浸透したとするのか、定義の問題もありますが、様々な取り組みをしていても、残念ながら経営理念が浸透している実感を持てない社内広報担当者が多いです。


伝達と浸透は違う

経営理念やブランドの社内浸透がうまくいかない場合、「経営理念の『伝達』にとどまっている」または「社員を一律的にマスでとらえてしまっている」のいずれかの解決が突破口になることが多くあります。

まずは「伝達にとどまっている」ことについて考えていきましょう。

伝達と浸透は違います。たとえば「経営理念ができました」と社内周知することは伝達です。伝達とは、事実が誤解無く相手に伝わること。情報の受け手が「余計な」解釈をすることがなく理解できた状態が理想と言えます。分かりやすい例を挙げれば、事務文書・連絡文書です。できるだけ事実だけを書き、誤解されない文書が優れたものとされます。

一方で浸透とは、情報の受け手が共感・共鳴し、自らの解釈を積極的に加えている状態を指します。心が揺さぶられ、自分ならどうするのか等を考えている状態が理想です。

経営理念そのものが共感・共鳴されやすい表現だった場合は、伝達するだけでも浸透の初期段階(共感・共鳴)をクリアできるでしょう。ところが、経営理念は得てして抽象度が高く、人によってはイメージが沸きません。一生懸命、ツールをつくったり、社内報で紹介したりしても伝達にとどまっているケースもあります。浸透するには、自分なりに考えてもらったり、ストーリーテリングと言われる物語形式にして表現したりして、心を揺さぶることを目指す必要があるのです。 まずは「伝達」にとどまっていないか、活動を振り返ってみましょう。もし、伝達アプローチばかりの場合は、社員は経営理念の浸透活動を「押しつけ」だと感じているかもしれませんよ。


共鳴の仕方は人によって違う

共感・共鳴されやすいように工夫しても、共感がなかなか拡がらない場合もあります。この理由は、実はとても単純です。抽象度が高い経営理念やブランドを、抽象度が高いままに共感できる人は、残念ながら非常に少ないのです。経験則では、組織の構成員の5%程度です。

少し概念的になってしまいますが、図表をご覧ください。行動と思考のスタイルを4象限に整理したものです。

図表 行動スタイルと思考スタイルで整理した社員のタイプ

抽象概念に共感でき、かつ能動的に行動できるのは右上の能動ー抽象層です。この層は「未来創造型人材」と言えます。問題意識が高く主体的に行動し、次々に新たな問題自体を創り出して解決していくタイプです。

一方、抽象概念そのものに共感しにくい人もいます。能動的かつ主体的で優秀ではあるものの、具体的な情報を好み、目の前にある問題を解決していくことに優れている右下層「問題解決型人材」もいます。この層には、「組織はいまこういう課題を抱えていて、その問題を解決する手段として経営理念があり、業務上の問題解決等の改善とも結びついている」というように、経営理念を論理的かつ手段とした文脈に「翻訳」をしていかないと、共感・共鳴されにくいのです。

左上の受動―抽象層は「フォロワー型人材」であり、未来創造型人材に憧れてその人たちに共感・共鳴しやすい人。リーダータイプの社員の立ち居振る舞いをあこがれの眼差しで見ますので、リーダー層をロールモデルとして社内PRすると良いでしょう。

左下の受動―具象層は「マニュアル型人材」です。日々の業務マニュアルにまで落とし込むことではじめて経営理念って大事ですねと実感できるタイプです。

このように、経営理念を浸透するためには、浸透対象である社員の共感・共鳴の仕方自体が多様であることを理解し、意図的に文脈やアプローチを変えて「経営理念を使い倒す」必要があるのです。

今回は経営理念を中心に紹介しましたが、他の社内広報活動でも同じです。誤解なく伝達すべき情報なのか、社員の解釈を引き出し浸透すべき情報なのか、浸透すべき情報の場合には社員の共感・共鳴の仕方が異なることを忘れていないか、再確認することで、必ず社内広報の質は上がります。

兼任広報担当者向け広報基礎知識-3 社内広報の課題整理術


2017年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、兼任広報担当者向けに、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


第3回社内広報の課題整理術

昨今では、社内広報について、経営理念の浸透、事業戦略の周知、強みやブランドの社内定着、モチベーションアップ、企業文化革新、働き方改革の推進など高度化した目的が設定されることもあります。

打ち手も社内報、イントラ、全社集会、対話形式のワークショップなど多様化しています。

一方、社内広報の目的の高度化や、手段の多様化が進むと、良くも悪くも「何でもあり」状態になりがちです。

経営企画や人事部門が進める組織開発との重複もあり、社内広報実務に携わる方にとって、結局、何をすべきなのか具体化しにくいという悩みも生じやすくなっています


社内広報の基本は情報共有


社内広報は、端的に言えば会社と社員とのコミュニケーション活動です。

会社と社員との間で情報を共有し、信頼関係を構築します。
信頼関係があれば、「考えること」や「行動」が良くなるので、業績向上につながります。

経営の方向性を社員に共有できれば、社員は行動しやすくなり基盤ができます。
逆に、最前線の社員たちが競合の新しい動きを掴んだ場合、その情報を会社に共有できれば、環境変化に迅速に対応できます。
経営理念や事業戦略、あるいは課題、がんばっている社員も「情報」ですよね。
企業理念は共有されなければ飾り物。
がんばっている社員も共有されなければモチベーションアップにつながらない。

社内広報の基本は「情報共有」であり、その成果は信頼関係だと考えるとスッキリします。


知っていること・知らないこと


ここから課題整理です。
以下の観点で考えていくとスムーズです。

  1. 情報共有→誰が何を知っているか
  2. 信頼関係→社員の、会社に対する評価

社内広報の課題整理は、(抽象的な表現になりますが、)「外と内をセットにして検討する」と良いです。
自分自身のことを客観視するのは難しいからです。

まずは①情報共有です。

始めにいわゆるステークホルダーを洗い出します。

十把一絡げで構いませんので、「お客さま」「株主」「近隣の方」「お取引先様」「学生」「社員」などを挙げます。

このステークホルダー別に、「知っていること」「知らないこと」を考えます
本当はどれぐらい何を知っているのかは、調査をしないと分かりませんが、まずは「考える」だけで十分です。

次に、「社員」を細分化します。

役職別、部門別、拠点別・・・といった具合に、属性を設定し、それぞれ「知っていること」「知らないこと」を検討します。
表計算ソフトを使って一人で考えたり、複数人で付箋を使いながら出し合ったりすると良いでしょう。

ステークホルダー分析と言いますが、これだけでも多くの課題を再認識できます。


できていること・できていないこと


この作業をすると、会社と社員とのコミュニケーション活動で「できていること」「できていないこと」が浮かびあがってきます。

たとえば、社員と情報共有できていないものは、多くの場合、社外に対する広報活動もあまりできていません
そもそも広報担当者が、社内にも社外にも広報できるほど十分に情報を収集できていない、現場との関係を築けていない、広報の理解が浸透していない、といった課題が見えてくることもあるでしょう。

課題整理の作業で理想を言えば、経営の方向性や経営課題から知ってもらうべきことを考えていく、という流れになります。
ただ、この流れで発想すると、「コミュニケーション」ではなく会社から社員への一方的な情報「伝達」の課題に限られてしまいがちです。

コミュニケーションは双方向で成り立つもの。

会社から社員への情報「伝達」も必要ではありますが、その情報を社員が理解し、納得し、共感しなければいけません。

「伝達」と「共有」は違うのです。

また、会社から社員への一方通行だけでなく、社員から会社への情報の吸い上げも必要です。
最初から、「何を知ってもらうべきか」を考える場合は、発想が一方通行になりがちなことに注意しましょう。

社員が知っていること・知らないこと、社内広報でできていること・できていないことを検討したアウトプットが、「社員に知ってもらうべきことは何か?」を考えるインプットになります。

ぜひ取り組んでください。


会社をどう評価しているか


情報共有の次は②信頼関係です。

これは社員が、会社をどう評価しているのかを把握していきます。
アンケート調査が必要です。

なお、前回の締めくくりで、「社外広報の優先順位付けをするためにはアンケート調査が有効で、この調査は社内広報の課題整理と関連する」とお伝えしました。

情報共有の課題整理と同じように、「外」と「内」をセットで考えていきます

調査では、「知ってもらうべきこと」は社員がどの程度知っているのか、社員が抱く会社のイメージはどのようなものか、社員は会社が十分に情報を共有してくれていると感じているのか、といった実態を把握します。

社員満足度調査や組織診断を実施している場合は、その結果から確認しても良いでしょう。

単なる実態把握から一歩進めて、より課題を見出しやすくする調査設計のポイントをご紹介します。

ここでは、会社に対するイメージを例にしますが、知っていること(認知)や評価を尋ねる場合も左のように多面的に測定することが大切です。

  • 自分が会社に対して抱くイメージ
  • 外部の人に抱いて欲しいイメージ
  • 外部の人が実際はこう思っているだろうと考えるイメージ

これらは社員を対象にしますが、あわせてお客さま等の外部の方を対象に、

  • 自社に対するイメージ

を調査します。

「思っている以上に知られていないこと」や「思ってもみなかった強みやイメージ」が明確になります。

社外・社内広報の課題をま両方とも明確にでき、活動の優先順位を決めやすくなるわけです。

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●ひとまずどんな人たちか会ってみたい場合

ちょっと話を聞いてみたい

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●もう少しどんな会社か知りたい場合

サービス(何をしてくれるの?)

特徴(他とどう違うの?)

会社概要

代表者略歴

代表がオススメする本

【推薦本】社内報企画ベストセレクション

社内報制作・社内コミュニケーション支援や、「月刊総務」を発行するウィズワークス株式会社が実施している「社内報アワード」。

このアワードをもとに、社内報の企画をまとめた冊子が毎年刊行されています。

他社の社内報は普段、目にすることができません。

企画の概要だけでもつかむことができますし、事例の数々からは、社内報に限らず、社内コミュニケーションの活動全般にあたっても、参考になるはずです。

1万円を超えてしまいますが、この内容からすれば間違いなく安いです。

躊躇無く買うべきです。

時限型広報マネジャーに求められる能力要件の試案

人事異動を前提にした広報マネジャー育成に関する考察

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(日本広報学会「第20回 研究発表全国大会」発表予稿)
※2014年に発表した内容です

要旨


ジョブ・ローテーションを行う企業・官公庁・自治体・団体等(以下、組織と総称する。)は、多く存在する。こうした組織で広報の職にあたる場合、数年というわずかな期間だけ業務に従事することになる。いわば「時限型の広報パーソン」が存在すると言えよう。こうしたジョブ・ローテーションがある組織の実態に即して、時限型広報パーソンの人材育成について考察する。なかでも、能力開発設計が十分になされていないと推察されるマネジャー層に焦点を絞って検討し、体系的な能力要件を試案したい。

1.研究の目的


多くの組織はジョブ・ローテーションを実施している。
人事上の施策として、新人から管理職になるまでにジョブ・ローテーションを実施している企業は約半数の50.8%という調査結果もある1)

広報部門もジョブ・ローテーションが多い。
経済広報センターは大手企業51社に対して広報人材育成などの取り組みを調査してまとめている2)
これによれば、大手企業51社の全社でジョブ・ローテーションが行われている。
また、国内上場企業の広報部長、広報担当役員の人材データベースを構築している宮部(2011)は、2009年1月から2010年9月の間に異動があった350件を抽出し、その間のキャリアパスを整理3)
新たに広報部長・担当役員に着任したケースは216件あり、それまでにPR・CSR・IR業務を担当していた例は64件の29.6%にとどまる。
また、この間に広報部長・担当役員から異動があった例は142件で、引き続きPR・CSR・IR業務を担当したケースは18件の12.7%にとどまる。
この2つのデータから、組織内には一定期間のみ広報業務に従事するいわば「時限型」の広報パーソンが存在すると言える。

ところが、時限型の広報パーソンの人材育成に関する研究は見当たらない。
そこで、人事異動を見越したうえで、広報業務に従事している間に、どのような能力を意図的・計画的に付与しうるのかを考える。
とくに、広報マネジャーに関しては、専門的な知識・技能が求められる一方で、いわば汎用的な能力といえる経営課題と紐づけた戦略設計や課題創出、部下指導、成果報告、業務標準化が重要視される。
そこで、本研究では、時限型の広報マネジャーに絞って、求められる能力を試案する。

なお、本研究は、広報職や広報学・広報論の専門性を否定するものではない。
専門研究の深化に加えて、いわば汎用性の視点を加えていくものである。
広報部門で付与しやすい能力を明確にすることができれば、組織はより意図的・計画的に能力開発とジョブ・ローテーションを実施できるようになる。
時限型の広報マネジャーにとっても、異動後の任用部署で広報経験を活かしやすくなる。

 

2.職業能力の構成


職業能力は、ブルームらが教育目標を明確化するモデルとして提唱した「認知領域」「情意領域」「精神運動領域」を基に、現代でも「知識」「技能」「態度」の3要素から考えることが一般的だ4)

能力の3要素のうち「技能」については、テクニカル・スキル、ヒューマン・スキル、コンセプチュアル・スキルに分けたカッツのスキル・モデル5)が依拠される。
カッツの言うテクニカル・スキルは文字どおり専門的技能であり、広報でいえばプレスリリース作成や編集・校正技術等だ。
ヒューマン・スキルは動機づけやリーダーシップなどの対人関係能力を指し、コンセプチュアル・スキルは前後の工程への影響等を考慮できる能力としている。
現代では、コンセプチュアル・スキルはカッツの指摘から拡張され、論理思考やメタ認知、複眼思考など概念化能力と捉えられることが多い。

カッツは、職位に応じて3つのスキルが必要な割合は異なるとし、これは図1のように表現されることが多い。

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堀(2013)は、能力の構成要素とカッツのスキル・モデルを合わせて図2のように整理している6)

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専門性の開発ばかりでは、異動後に広報業務の経験を生かしきれないことがイメージできよう。

 

3.広報に関する知識・技能の体系や研修プログラム


ビジネス・コミュニケーターの国際団体・IABCのコミュニケーション・プロフェッショナルに関するコンピテンシー・モデル7)は、①コミュニケーション・スキル、②マネジメント・スキル、③ナレッジエリア・スキルに分けて、スタッフ職からシニアコミュニケーターまで4段階で整理している。
しかし、ここでいう①コミュニケーション・スキルは、カッツモデルでいうテクニカル・スキルに相当するものである。
②マネジメント・スキルは、時間管理や業者管理などのプロジェクト・マネジメントを指し、職場管理は含まれない。③ナレッジエリア・スキルもコミュニケーション領域に絞られる。
コミュニケーション・プロフェッショナルのコンピテンシー・モデルであるため、人事異動は想定されていない。

日本パブリック・リレーションズ協会(以下、日本PR協会。)のPRプランナー資格認定制度8)も、一部で時事知識を扱うことはあるが、広報領域の専門知識やテクニカル・スキルに偏る。コミュニケーション・スキルやコンセプチュアル・スキルの開発に相当するものは見受けられない。

なお、PRプランナー資格認定制度に関連して、真部は、役職上位ほど経営や組織体のマネジメントに関する能力の重要性が高まることを指摘したうえで、知識・技能を「基礎領域」「応用領域」「専門領域」に階層化している9)
ただし、コミュニケーション・スキルやコンセプチュアル・スキルに該当するものが見当たらず、時限型広報マネジャーにはやや適用しづらい。

厚生労働省の職業能力評価基準は、業種別、職種・職務別に、必要な知識や技術、職務行動を整理している。
広報を含め、経営企画や人事など管理部門を事務系職種と位置付け、これら事務系職種に共通して求められる行動や知識、および広報に絞った場合に求められる行動や知識を、役職ごとに整理10)
職務行動として記述されている点と、共通能力として「関係者との協働」や「課題設定と成果追求」、「業務効率化」などが挙げられている点、広報マネジャーとして「人・組織のマネジメント」に言及している点は、他の体系とは異なる。
時限型にも対応し得る形でおおよそ整っていると考えられる。ただし、業務プロセスに沿った整理がされていない点や、Off-JTや自己啓発でどのような教育・研修を受けるべきかイメージが沸きづらい点が難点である。

教育・研修・講座については、日本PR協会11)や経済広報センターのほか12)、民間企業でも広報パーソンを対象にしたサービスもあるが、いずれも専門知識や技術の開発に偏りが見られる。

 

4.広報セクションから別部署への異動を見越した能力開発体系の試案


広報部門の中心的な活動は、報道対応と社内報作成などの社内広報である13)
ただし、時限型広報マネジャーの場合、これらを“極める”ことは期待されない。
そこで、他部門への異動後にも経験を活かせるよう業務プロセスに沿って、かつ能力開発項目がイメージできるように整理を試みた(表1)。

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この整理は汎用性の観点を加味するうえで有効だと思われる。時限型広報マネジャーの場合、広報の専門スキルはほとんど不要であり、むしろ広報を取り巻く経営管理や組織行動、イシューマネジメントといった知識付与や、社会に近い立場上、建設的批判や複眼思考、将来予測等の技能開発をしやすい可能性がある。

 

5.今後の課題


新たな着眼点の研究領域だという自負はあるが、現段階では、提示した内容全般にわたって質の向上が求められる。組織全体の教育・研修と連動させることで汎用性を担保している組織もおそらくあると考えられ、広報人材育成の実態を把握しなければならない。具体的な能力開発設計をするにしても、基本プロセス「ADDIE」に基づいてAnalyze(分析)、Design(設計)、Develop(開発)、Implement(実施)、Evaluate(評価)することが必要だ14)。能力開発体系構築に向けたそもそもの「文献レビュー」も実務書を含める必要があろう。本研究は不十分な点が多々ある。

研究を発展させるものとしては、「具体的な研修プログラム開発と効果測定」、「専門職および時限型の広報パーソンの比較調査」、「思考スタイル等の把握による広報パーソンの適正診断ツールの開発」などが考えられよう。実務家である筆者としては、研究者との協働、企業会員の協力、あるいは各研究者による研究を期待するところである。

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1)  リクルート ワークス研究所『Works 人材マネジメント調査 2013』, 2013.
2)  経済広報センター『主要企業の広報組織と人材 2013年版』, 2013.
3)  Junichiro Miyabe, An Attempt on Quantitative Profiling of PR Practitioners in Japanese Companies Applicability of “Revealed Preference” Approach, 14th International Public Relations Research Conference Pushing the Envelope in Public Relations Theory and Research and Advancing Practice, Marchi9-12,2011, Men,L.R. & Dodd,M.D.(eds.), Miami FL:University of Miami Press, pp.565-574.
4)  例として職業訓練教材研究会『十訂 職業訓練における指導と理論の実際』職業訓練教材研究会, 2012.
5)  Katz, R.L,Skills of an effective administrator,Harvard Business Review,52, 1974, pp.90-102(「スキル・アプローチによる優秀な管理者への道」『DIAMONDハーバード・ビジネス』1982.6, pp.75-91).
6)  堀公俊『ビジネス・フレームワーク』日本経済新聞出版社, 2013.
7)  International Association of Business Communicators, Communicator’s Competency Model,http://www.iabc.com/abc/pdf/CompetencyModel1.pdf (2014/8/16アクセス). IABCの概要はwww.iabc.comで.
8)  日本PR協会「PRプランナー資格認定制度」http://pr-shikaku.prsj.or.jp/(2014/8/16アクセス) ほかに、日本PR協会編『広報・PR概論』同友館, 2010. 同『広報・PR実務』同, 2011.
9)  真部一善「広報・PRの実務者が習得すべき知識と技能に関する一考察」『日本広報学会 第19回研究発表大会予稿集』日本広報学会, 2013, pp.147-150.
10) 厚生労働省「職業能力評価基準」, 中央職業能力開発協会のホームページから確認できる. http://www.hyouka.javada.or.jp/user/dn_standards_a9.html(2014/8/16アクセス).
11) 日本PR協会のセミナー/イベント, http://event.prsj.or.jp/(2014/8/21アクセス).
12)経済広報センターの会合案内, http://www.kkc.or.jp/plaza/meeting/ (2014/8/21アクセス)
13) 経済広報センター「第11回企業の広報活動に関する意識実態調査」, 2012.
14)中原淳他『企業内人材育成入門』ダイヤモンド社, 2006.

文献 (注の引用以外の参照文献)


・   伊吹勇亮「PRエージェンシーにおける広報専門職のキャリア形成に関する探索的研究」『京都産業大学総合学術研究所所報7』京都産業大学, 2012.
・   宮部潤一郎「広報組織・人材論の試み:我が国企業の広報機能(活動)を担う組織と人材に関する考察」『国際広報メディア・観光学ジャーナル』北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院, 2010.
・   岡﨑裕「『経営の仕組み』を形づくることのできる“コーポレート人材”の育成を」『JMAマネジメント』日本能率協会, 2012.10.
・   福澤英弘『人材開発マネジメントブック』日本経済新聞出版社、2009.
・   大久保幸夫『キャリアデザイン入門[Ⅰ](基礎力編)』日本経済新聞出版社、2006.

【推薦本】経営理念の浸透


経営理念そのものについての研究はありますが、理念の浸透に焦点をあてた研究はあまり多くありません。

従業員の側の視点から浸透をとらえている部分に最大の特徴があるでしょう。

理念が組織行動にどう影響を与えるのか、理念浸透の影響要因は何か、という部分の整理がされています。

学術書なので、学術論文に慣れていないと読み解くまでに少し時間がかかるかもしれません。

ただ、たとえば経営理念やミッション・ビジョンの浸透の必要性を実感しているものの、それに取り組むべき理由をうまく説明できない、説得力が足りない、という時には、拠り所になる内容です。


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