広報に関連する基礎知識【第9回】ESG情報開示

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務で株主関係管理や投資家向け広報(IR)を担当されている方は多いことでしょう。自社が未上場の場合は、IRの実務に従事することはないでしょうが、親会社が上場している場合はIRに関わる窓口業務は発生することがあります。IRに関するトレンドの知識は習得しておきたいところです。総務の引き出しのひとつとして「ESG情報開示」について学んでおきましょう。


ESGは投資家向け情報開示

数年前からよく目にするキーワード「ESG」。環境・社会・ガバナンスの頭文字をとったものです。今回はESGがどのようなものか概要をおさえましょう。

ESG情報開示についてある企業内で講演した際、「ESGはかつてのCSRブームのように一時的なものではないか」と質問をいただきました。報道などで見聞きするESGの「語られ方」をとても素直に受け止めている質問です。ESGとCSRの違いをはっきりと認識できている読者の方は決して多くないでしょう。

日本では2000年代半ば頃から「CSR」がブームになりました。環境に関わるデータ・取り組みの開示に加えて、社会貢献活動を積極的に行い、企業広告・CMなどでCSRを訴求していました。批判を恐れずに言えば、CSRは企業イメージの向上に繋がるものとして、広告会社主導でブームが作られたといっても良いでしょう。

かつてブームとなったCSRは、一般社会を対象に「社会性のある良い会社」と思われることを目指していたものと言えます。環境であれば、自社がいかに環境保護に取り組んでいるか。社会であれば、いかに社会貢献をしているか。悪しきことはしていない、良いことをしているという文脈がもっとも大切でした。

一方、ESGは、あくまでも投資家を対象にした情報開示です。投資家が中長期的な時間軸での投資の判断材料にできる情報を開示するもの。投資家からすると、企業が環境保護に取り組むこと自体は結構なことですが、自社のビジネスと関係がない植林活動やボランティアを推進していてもそれは「時間もお金もムダ」なもの。投資家にとって関心があるのは、単なる環境保護ではなく、企業を取り巻く「自然資本」をどう活用しているのか。中長期的な時間軸で自然環境の変化にどう対応していくつもりなのか。本社だけでなく関係会社や取引先まで視野を広げた場合、自然資本の活用を戦略的に活用できる仕組みがあるのか。このような、企業として自然資本をどう戦略的に活用できているかに関心があります。

社会の場合はどうでしょうか。たとえば企業がメセナをしている場合、一般社会は「文化・芸術活動を支援する良い会社」と評価することでしょう。ところが投資家は、そのメセナが企業価値向上につながっているのかを知りたい。自然資本の活用と同じように、企業を取り巻く「社会関係資本」をどう活用しているかに関心があります。たとえば、進出したばかりの海外市場でメセナを行い自社の商材を知るきっかけを拡げている、文化・芸術の支援を通じて市場規模そのものを拡張しているなど。投資家にとっては社会的に良い会社かという評価ではなく、社会との関係をひとつの資本としてどう活用しているのか、企業としての経営能力を評価したいのです。

分かりやすさのためにCSRとESGを対比すると、CSRに係る開示は「社会に対して良い会社と評価される」ためのものであり、ESG情報開示は「投資家に対して中長期的に存続・成長し続ける強い会社と評価される」ためのものと言えるでしょう。


なぜESGが注目されているのか

なぜESGの情報開示がこれだけ注目されているのでしょうか。還元すると、なぜ投資家がESGの観点を投資に組み込むようになったのでしょうか。これには大きく2つの動きが影響しています。

1)機関投資家に対する国連の働きかけ

企業の活動範囲・規模はもはや国家を超えています。1900年代後半から、先進国の企業とそれ以外の国の労働格差・労働搾取など人権問題が顕在化しました。環境に関しても、先進国企業による後発国の環境破壊が問題視されるようになりました。国境を越えた企業に対して、国単位で制約を課すことは困難。そこで、国家を超えた枠組みの国連が、企業に対して強い影響力を持つ「機関投資家」に対して、ESGを組み込んだ投資判断・意思決定をするように求めました。これが2006年の「責任投資原則」です。

2)投資家自身の変化

 投資家自身の意識も変化しています。投資家の影響が増すことで企業は短期で利益を出そうとし、設備投資や研究開発投資を抑制する傾向が出てきました。企業が短期志向になる一方、中長期で資産運用する年金の運用総額が増え続けており、「長期投資」の重要性が増しています。投資家にとって、短期的にリターンを求める意思決定ではなく、企業の長期的・持続的な成長能力を評価したうえで投資するという環境変化があったのです。

また、2000年代初頭には不正会計が相次ぎました。監査機関や経営者に対する疑念から、企業の経営を担う経営者の能力を評価し、経営者が正しい判断をできる仕組みの有無など、「ガバナンス」を厳しく評価したうえで投資をする動きが生まれました。 ESGはCSRの延長ではなく、まったく性質が異なるものなのです。

広報に関連する基礎知識【第8回】CIの進め方

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


前回、CI(コーポレート・アイデンティティ)の概念についてご紹介しました。CIは一般的にロゴ管理のことを指すことが多いですが、ロゴ管理はCIの一部です。CIは、MI(ミッション・アイデンティティ)、VI(ビジュアル・アイデンティティ)、BI(ビヘイビア・アイデンティティ)の3つで構成されます(ロゴはVI)。今回は、CIの進め方です。


CIが必要になる時期

CIは創業当初から必要不可欠なものです。ただし、創業者の求心力が強い時や成長が著しい時など、「問題が表面化していない時」にアイデンティティを問い直すことは少ないでしょう。

CIは、一般的に以下の背景・きっかけで検討する場合が多いです。

  • 組織が大きくなり一体感が失われてきた
  • 事業領域が拡大し、全体を束ねるブランドがあいまいになった
  • 事業統合や合併などがあった
  • 周年など記念となるタイミングがある

ひと言で表すと、「組織に変化が必要な時期」でしょうか。

 組織は環境に適応する「生き物」です。人間と同じように段階的に成長(発展)します。様々な研究者が組織の発展段階をモデル化していますが、複数の論者の視点を採用したリチャード・ダフトさんのモデルを見てみましょう(図1)。図の「踊り場」の時が、組織に変化が必要な時期。アイデンティティを確認するひとつのタイミングと言えます。


CIの検討プロセス

Step1 自己客観視

CIは「自分(自社)は何者か」を明確にすることです。まずは自社のことを客観視しなければいけません。

自己客観視のためには、定量・定性データが必要です。最低限実施したいのは「組織文化の診断」。意思決定の傾向、社員に対する評価や期待の傾向などを、「経営理念や方針等で標榜するもの」(表向き言っていること)と「ありのままの姿」(実際にやっていること)の2つの軸で社員にアンケートをすると良いでしょう。定性データは、社史、トップメッセージなどの「文物」や、お客さまのご意見等を網羅的に参照して集めます。

Step2 自己規定

自己客観視の次は自己規定。「自分とは何者か」の定義付けです。

まずは、自社の固有の能力や強みが何かを考えてみましょう。「ビジネスモデル」「風土」「技術・知識」「製品・サービス」などの枠組みで自社の強みを洗い出します。

次に組織文化に焦点を絞り、過去―現在を比較して思い浮かぶ「変わったもの」「変わらないもの」を洗い出します。出てきたものにはポジティブ・ネガティブ両方あるはずです。ポジティブなものに絞り、自分たちが大切にしてきた価値観を確認します。

Step3 自己変革

自己規定はあくまでも「現在」の姿です。変化に対応するためにCIを検討する場合が多いので、どう変化させるかを考える必要があります。

集めたデータや洗い出した材料をもとに「マインド・アイデンティティ」を明文化します。他社のコーポレートスローガンや経営理念を見ながら考えましょう。社員全員で組織文化をどう変えたいかを考えるため、社員アンケートを再度実施することもあります。現在の組織文化の評価と、未来に向けて変わりたい姿の2軸で尋ねると有効です。

Step4 自己表現

ここまで来てようやく、ロゴなどのいわゆる「CI」(VI)になります。自己変革の象徴として自己表現をします。MIを視覚化したロゴの開発やビジュアルルールの制定(VI)、MIを体現する行動の実践・評価(BI)などです。 自己表現の結果、社員やお客さまの自社に対する評価・ブランドが変化したのかを確認し、手段を適宜見直しながら自己表現を続けていきます。組織が次の発展ステージになり、手段の見直しレベルでは耐えられなくなった段階で、再度、自己客観視、自己規定、自己変革、自己表現のサイクルを回す必要が生じます。


CIの方法

CIは理論的に言えば、理念の浸透・視覚化・体現行動の3つで確立できます。ところが、現実にはこれだけでは足りません。そもそもCIがなぜ必要になったのか、CIの目的や組織ニーズが異なるためです。なんのために自己表現するのか、優先すべきターゲットはあるのか、と言い換えることもできるでしょう。理念の浸透・視覚化・体現行動の3つは当然意識しながらも、組織ニーズに応じた社内外の広報活動を実践し、アイデンティティを確たるものにしましょう(図2)。

広報に関連する基礎知識【第7回】CI(コーポレート・アイデンティティ)

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


総務では、社用車、看板、ユニフォームなど施設や備品を管理していることでしょう。その際に、「ロゴ」を適切に使用するように気を遣っているはずです。一般的にロゴは「CI」と言われますが、総務の引き出しのひとつとして、このCIについて知っておきましょう。


CI=ロゴは間違い?

CIとは「コーポレート・アイデンティティ」の略語です。読んで字のごとく、企業のアイデンティティです。

アイデンティティとは、端的にいえば「自分は何者か」「他との違い」という自己認識です。個人単位でのアイデンティティもあれば、国民としてのアイデンティティもあります。企業(コーポレート)という組織に対してアイデンティティの概念を当てはめたものが「コーポレート・アイデンティティ」です。

一般的に、CIはロゴのことを指します。ところが、ロゴはCIの一部でしかありません。まず、CIの概念を正しく理解しましょう。

CIは、図表1のとおり、「MI」「VI」「BI」の3つで構成されます。それぞれ見ていきましょう。

図表1 CIの構成

MIは、マインド・アイデンティティの略です。企業としての信念と言えるでしょう。経営理念や経営ビジョン、ブランドコンセプトなどがこれに相当します。

VIは、ビジュアル・アイデンティティ。これが一般的にCIと言われているものです。企業の信念をビジュアル化したものです。ロゴやロゴタイプ(文字のデザイン)、社用車やユニフォームなどのデザインルールなど、馴染みがあることでしょう。 BIは、ビヘイビア・アイデンティティと言います。社員の言動、接遇、行動規範など。ビジュアルデザイン以外の対面コミュニケーションの要素です。


ロゴは、会社として大切にしていること(MI)を一瞬で伝えるために、シンボル化したものです。おそらく皆さまの会社のロゴには「このロゴでは、先進性を表しています」など説明があるはずです。会社としての大切な想いをシンボルにしているからこそ、一般的にロゴは厳しい使用ルールがあります。こうした「CIルール」(正しくはVIルール)は厳格なので、社員にとっては面倒くさいと感じがち。MIを感じるもののはずが、単なるルールとして受け止められている場合があります。読者の皆さんの会社ではいかがですか?

いまでは誰もがワープロソフトやプレゼンテーションソフトにロゴのデータをはることができます。社員がロゴの大きさを適当に変えてしまったり、形を変えてしまったりすることがよくあります。正しくないことですが、これが現実でしょう。社員にとって、MIとVIが結びついていないのです。

CIは本来、社員に対してロゴの使用ルールの徹底を求めるだけのものではありません。ロゴの背景にある「MI」の再確認や「BI」の実践を求める必要があります。この意味では、大半の会社はCIのうちのごく一部しか意識できていません。残念ながら、これではコーポレート・アイデンティティの確立につながりにくいです。


CIの再考

CIは1990年代初頭にブームになりました。ブームの当初は、組織文化の革新やコミュニケーション戦略全体の見直しなど、「CI」の本来的な意味に沿って重要性が指摘されCI概念が拡がっていきました。民間企業だけでなく、自治体、大学など幅広くCIの考え方が普及・浸透しました。

ところが、CIの受託は広告会社やデザイン会社を中心に進みました。このことも含めて、発注側にとってアウトプットが目に見えやすい「ロゴ」に、CI概念が矮小化されていったという経緯があります。 近年、経営理念の重要性がたびたび指摘されています。これはまさしく「MI」です。また、経営理念の一環としての行動規範(バリュー)にも注目が集まっています。あるいは、お客さまに対するブランド体験のひとつとして、接客・接遇の重要性が増しています。これはまさしく「BI」です。この意味では、実はCIブームから30年あまりを経て、ようやくCIの3要素が三位一体となってきていると言えるでしょう。


ブランディングの出発点はCI

CIは「アイデンティティ」ですので、「他社との違い」を明確にするものです。前号までに「ブランド」について解説しましたが、ブランドと同じように「差別化」を意味します。そこで、ブランドとCIの概念を簡単に整理しておきましょう(図表2)。 ブランドはお客さまの頭の中にあるものです。この意味で、ブランドの主体は「お客さま」です。一方、CIの主体は「企業」です。ブランドとCIは、主体は異なりますが、「自社を差別化するもの」という意味では共通しています。ところが、自分たちで他社との違いを自己認識できていない場合、お客さまに他社との違いをどう感じていただくかを明確にできません。「ブランディング」の出発点は常にCIなのです。

図表2 ブランドとCIの関係

広報に関連する基礎知識【第5回】ブランドってなに?

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


ブランドは非常に分かりにくい概念です。ところが「ブランド」という便利な言葉はビジネスの現場でよく使われており、広報を兼任する、あるいは株主関係管理や危機管理を担当する総務担当者にとっては、しばしば耳にすることでしょう。そこで総務の引き出しのひとつとして、「ブランド」を解説します。


ブランドがある・ないって?

御社では、「ウチの会社にはブランド力がない」といった会話をする・聞くことはありませんか。情報発信がうまくないという問題意識から、社内でこのような声が出ることがあります。「ブランド」とは非常に便利な言葉ですが、いったい何なのでしょうか。

ブランドは、家畜に押した焼き印(生産元を識別するためのもの)が語源です。では、識別する人は誰でしょうか?

識別する人は、ブランディングのターゲットによって異なりますが、多くの場合は「お客さま」です。お客さまが「どのような特徴をもった会社・製品・サービスなのか」を頭の中に想い描くことができるか(識別できるか)が、ブランドのあり・なしを意味します。

たとえば、私は、企業・自治体・研究機関等を訪問して広報活動のアドバイスをしています。複数社でお付き合いをいただいていますので、一日に予定が何件か入ります。どうしても数時間単位で予定が空いてしまうことがあります。このようなときに、私は「充電しながらパソコンを使いたい」「長居したい」「ご訪問先に近い場所にいたい」など、状況に応じて空き時間を過ごすお店を決めます(もちろん、フラッとお店に入ることもあります)。私が「長居したい」状況だったとき、私の頭の中で「長居できるお店」が具体的に浮かぶ場合は、そのお店にブランドがあると言えます。

ところが、私が「長居ができる」と思っていたお店を利用しているとき、店員さんに「お客さま。ご注文から1時間を過ぎており、お待ちのお客さまがいらっしゃいますので・・・」と言われてしまったらどうでしょうか。私が勝手に「長居ができる」と思っていただけなのに、私の中で勝手にお店に対するブランドが失われてしまいます。

このように、ブランドはお客さまの頭の中にあり、目に見えないものです。お客さまが頭の中に創りあげていくものなので、なんともあいまい。概念自体も理解が進みにくいものなのです。


ブランド力って?

お客さまが頭に想い描くことができるすべてのことを「ブランド連想」と言います。このブランド連想と、おしゃれ、かっこいい、かわいい、歴史・伝統がある、などの「ブランドイメージ」を区別できると、ブランドの概念理解が進むはずです。

たとえばディズニーランド。形容詞と結びつけると「楽しい」と表現する方が多いのではないでしょうか。これはブランドイメージです。

ところが、ディズニーランドと聞いたときに、みなさんは「楽しい」という「文字」が頭の中に浮かんでいるわけではないはずです。まるで自分がディズニーランドにいるかのように想像したり、自分が体験したアトラクションを思い出したりしているはずです。あるいはミッキーが手を振っている姿や夜のパレードのきらびやかな様子が浮かぶ人もいるでしょう。こうした頭の中で想い描いているものすべてがブランド連想です。お客さまが多くのことを連想できるほどブランド「力」があると言えます(いわば脳内シェアです)。


ブランドがあると何がよい?

では、ブランドやブランド力があると何が良いのでしょうか。端的にいえば「競争力」が上がります。

お客さまの脳内シェアが高ければ高いほど、お客さまが商品や発注先を選ぶときに優位になります。他の製品・サービスとの違いをお客さま自身がはっきりと認識できるからです。いわゆる「差別化」です。また、お客さまは、頭の中で思い描いていたことを実際に享受できたときに「信頼」をします。信頼があれば、繰り返し消費いただけるようになります。こうした「差別化」と「信頼」が競争力を強固なものにしていきます。

生産財取引や企業間取引でも同じことです。短納期に対応できる、とにかく相談しやすい、客観的な助言をしてくれる、など、お客さまが連想できることがどれほどあるのか。それがブランド力です。多様な連想に加えて、お客さまが「どうせどこかにお願いするなら秋山さんにやって欲しい」と感情移入をしていただけるまでになると、圧倒的に勝つ競争力を得ることができるのです。


「ブランド力がない・・・」

では、最初の「ウチの会社にはブランド力がない」という感覚は何なのでしょうか。

一般論で言えば、たいていの会社は、社会的知名度は高くない。マスコミ報道も決して多くない。それでも良い人財を採用するために積極的にアピールしなければいけない、業界の垣根を越えた競争が始まっており自社のことをもっと市場にアピールしないといけない、といった課題があります。ブランド力がない・・・という議論になったとき、単に見せ方がうまくないことを指しているのか、ターゲットの脳内シェアが足りていないことを指しているのか(ブランドやブランド力がない)、明確にする必要があります。

あるいは、私が「長居ができる」魅力があると感じているお店は、他の人は「十分程度の隙間時間を過ごす時に魅力的なお店」と捉えている場合があります。こうした「揺らぎ」をできるだけ少なくして、多くのお客さまに同じ連想をしていただこうという取り組みが「ブランディング」です。こうしたブランディングが足りていないのでしょうか。

ぜひ概念理解を進めながら、自社の課題を明確にしてみてください。

広報に関連する基礎知識【第3回】リスク管理の落とし穴を埋める

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 前回は、総務と広報がリスク管理で連携できないと、思わぬ「落とし穴」ができてしまうとお伝えしました。「落とし穴」とは、不祥事や事故が発生した場合に、マスコミや社会から批判の対象になる「初動の失敗」「隠ぺい体質の疑い」「不誠実な意思決定」の3つです。今回は、この「落とし穴」を埋める方法をご紹介します。


初動対応の失敗を防ぐ

米国同時多発テロなど危機的状況での人間行動を綿密に取材したアマンダ・リプリーさんは、著書『生き残る判断 生き残れない行動』の中で、人は危機に直面すると驚くほど「否認」するとしています。「否認」の次に「思考」「行動」と移行することは、災害時の「逃げ遅れ」など災害心理学の研究でもよく指摘されます。人は、想定外の事態を前にすると、「たいしたことはない」と考えてしまったり、思考自体が停止してしまったりします。いわゆる「真っ白」な状態です。

企業は、緊急時にこうした事態が発生しないよう、危機管理マニュアルに必要な初動対応を書き込むことがあります。さらなる備えとして、シミュレーション訓練を実施する企業もあります。残念ながら、こうした対処をしていても、本当に危機が起きると、行動できない社員は多いのです。

初動対応の失敗は、人為的ミスばかりではなく、「動けなかった」場合があります。この落とし穴を埋めるためには、緊急時の行動心理を、社員全員が学んでおくことが大切です。否認・思考・行動の心理状態が生じやすいことを知っているだけで、緊急時に自分の状態を客観視しやすくなり、この移行スピードを格段に上げることができます。


結果的に隠ぺいが疑われる事態を防ぐ

事故などの緊急事態は現場の第一線で発生することが多いです。このため、現場から情報が上がってこなければ、本社や本部は必要な対策を検討できません。この情報ルートにも思わぬ落とし穴があります。

たとえば、危機管理マニュアルの報告フローが、平時と同じピラミッド型となっている場合があります。第一発見者はまず現場リーダーに報告し、現場リーダーが管理職や役員、リスク担当部署に報告し、必要に応じて対策本部をつくる、といった流れが一般的です。ところが、現場には常に現場リーダーがいるとは限りませんし、管理職・役員がすぐに捕まるとも限りません。忠実な正しい社員ほどマニュアルに沿って報告しようとし、上司がいないときは一生懸命上司に連絡しようとして他への報告が遅くなり、結果として対応が遅れてしまうことがあります。

これに対処するためには、現場と本部の双方で「断片的情報でもよいから早く報告する」、「ライン報告のルールは遵守する必要がない」ことを「バイパスルール」として共通認識にしておくことが必要です。

また、人は「悪い情報を伝えたがらない」ものです。どんなに小さなミスでも、上司に報告するのは気が重いですよね。心理学ではMUM効果(「静かにする」の意味)と言われているもので、緊急時には「そもそも正しい情報が流通するとは限らない」のです。

このため、報告を受ける側の管理職や役員は、正しい情報が伝わってきていない前提で、現場の報告を「健全に疑う」ことが大切です。 平時から、緊急時には「バイパス報告OK」や「現場の報告はちゃんと疑う」といった価値観をつくっておかなければ、対処に遅れたり誤ったりして、結果的に隠ぺい体質を疑われてしまう事態になってしまうことがあります。


不誠実な意思決定を防ぐ

倫理学の研究で、ひとは「倫理的な意識をもっていたとしても、実際にそのとおりに行動できるとは限らない」という研究分野(行動倫理)があります。倫理的で誠実な人ほど、危機に直面すると、社会の常識とはかけ離れた社内にとって「誠実な」意思決定をしてしまうことがあります。

たとえば、様々な失敗から学ぼうとする失敗学の畑村洋太郎さんは、判断者を取り囲む「気」(社会的雰囲気)の影響は無視できないと言います。スペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故は、不具合が起きており事故は予測できたものでした。ところが、この事故は、米大統領演説の直前でリビア攻撃が準備されていた時期に起きており、畑村さんは誤った判断の背景に、国威発揚という「気」があったと言います。当然、社会的雰囲気だけでなく、「組織的雰囲気」の影響も考慮が必要です。過去の企業不祥事で、有名企業の経営者が「なんでそんな判断をしたのか」と信じられない思いを抱いたことはないでしょうか。どれほど誠実で倫理的な人でも、そのとおりに行動できるとは限らないのです。

この対処には、自分たちの企業文化を自覚することが不可欠です。たとえば、顧客第一主義を謳っている組織でも、実際には売上至上主義で自社都合の判断基準が浸透していることもあります。平常時は、この価値観が会社の業績アップに貢献しているとこともありえるでしょう。ただし、この企業文化に無自覚な状態だと、緊急時に自分たちは顧客第一で判断していると考えがち。無自覚が一番怖いのです。

また、平時から、他社の不祥事事例を「活用」し、ケース討議を積み上げておくと良いでしょう。他社事例を題材にして自社で起きた場合はどのような判断をすべきかを考え、かつ、その判断理由は何かを一件ずつ積み上げておきます。緊急時に、ケース討議で、落ち着いた状態の時に自分たちが判断した結果と理由を参照できるので、「他社はこうだったけどウチは違う」という逃げ道を無くすことができます。

このように、危機発生時の初動、情報流通、意思決定・判断そのものが、実は危機発生時のリスクです。このリスクを顕在化しないように、総務と広報で連携して、こうしたリスクの芽を摘んでおきましょう。

広報に関連する基礎知識【第2回】総務のリスク管理と危機管理広報の違い

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 企業のリスク対応力強化には、総務と広報で密な連携が必要です。ところが、総務と広報では「リスクの捉え方」が異なり、うまく連携が進まないことがあります。総務の引き出しとして、危機管理広報の知識を得ておくと、連携が進みやすくなることでしょう。今号から数回に分けて、総務担当者の目線を意識しながら、危機管理広報について解説します。

広報部門のリスクの捉え方

 総務担当者にとって、「リスク管理」は常に重要なテーマです。総務では、施設などハードのリスク対応が中心になります。総務が全社大のリスク管理委員会等の事務局を主管している場合は、より包括的かつ長期的な視野でリスクを棚卸し、優先順位を決めて、発生を防止する施策を実行します。総務にとって、リスクは「発生させないもの」「管理するもの」です。

 一方、会社に独立した広報部門がある場合は、緊急時のメディア対応判断は広報部門が担います。緊急時に迅速かつ適切な情報開示を行うため、広報部門では平時から記者会見のトレーニングをしたり、他社の危機事例から発表用資料の素案を事前に作成しておいたりします。広報は、マスコミの情報から、他社の不祥事や不正、事故などの情報を毎日のように目にしています。このため、広報はリスクを「発生するもの」と捉えます。

 経営者は、会社や自分の身を守るために、総務と広報で密に連携してリスク対応の強化を図ってほしいと期待していています。ところが、総務と広報は、リスクの捉え方の違いから「すれ違い」が生じがちです。総務からすると、広報はリスクが発生するスタンスで訓練・評価をするので、総務のリスク管理の抜け道を探す「散らかす存在」に見えてしまいがちです。一方、広報から見て総務は、リスク発生後のことを考えていないように見えてしまうので、総務の取り組みを「実効性がない」と評価しがちです。

 経験則では、こうした認識のすれ違いは、大企業よりも中堅規模の企業の方が発生しやすいです。大企業は、そのネームバリューから、リスク発生後の対処(危機管理広報)の重要性を強く認識しています。また、日常的に社内の至るところで大小のリスクが発生しているため、リスクは発生するものという思考回路ができあがっています。一方、中堅規模になると、社内でリスク対応の経験が少ないため、どうしても観念的になりがち。観念的になると、リスク管理を総務が見て、クライシス対応を広報が見るというように、役割分担をハッキリさせる方向で整理をしがちになります。(リスクとクライシスの違いは図表を参照ください。)

時間軸で見た危機の4段階

総務と広報の溝を無くすべき

 総務と広報の取り組みが分断されていると、思わぬ「落とし穴」ができてしまいます。この「落とし穴」とは、不祥事や事故が発生した場合に、しばしばマスコミや社会から批判の対象になる「初動の失敗」「隠ぺい体質の疑い」「不誠実な意思決定」の3つです。

 広報の関心事は「緊急時のメディア対応や情報開示を、いかに迅速かつ適切に行うか」です。このため、広報部門では、緊急記者会見の開催基準や、会見での謝罪の仕方、会見場で悪意のある写真を撮られないようにするレイアウトの工夫、広報担当者の電話取材の対応方法など、テクニックに意識が向きがちです。こうしたテクニックは確かに重要ですが、広報が見ているのはクライシス対応のごく一部でしかない場合が多いのです。極論を言うと、広報の訓練は、事態発生後に初動の対処が適切で、隠ぺい体質が疑われるような情報の流通の不具合がなく、社内で社会目線を考慮した誠実な意思決定が行われる前提で、最後の出口部分を訓練しています。初動で情報が集まっていない段階での「ぶら下がり」の取材対応を訓練することもありますが、一般的にこうした訓練は広報担当者だけに行われることが多いです。

 一方、総務はリスクを発生させない取り組みが中心になります。リスクが発生時の備えとして、連絡ルートを構築したり、マニュアルを策定したりしますが、実態としてはそれで一安心する場合がほとんど。発生させないことを前提にする総務からすると、初動はマニュアルに沿って適切に人が動くだろう、情報流通は連絡網に沿って行われるだろう、そして、集まった情報をもとに経営者が誠実に意思決定するだろう、という希望的観測に立脚せざるを得ない側面があります。

 このように、総務と広報が密に連携できていないと、初動の失敗、社内で情報が流通せずに隠ぺい体質が疑われる、経営層が不誠実な意思決定をする、といった「肝」の部分の対処が行われないままになってしまうのです。これではリスクが発生した後、どれほど会見場のレイアウトもお詫びも適切にできたとしても、説得力がなく、かえってマスコミや世論を敵にまわすような対応になってしまいます。これは、広報の責任でも、総務の責任でもなく、広報と総務の責任なのです。リスク管理の中核をなす総務担当者が、危機管理広報のスコープを知っておくと、リスク対応力強化の落とし穴を埋めていくことができます。

広報に関連する基礎知識【第1回】広報の仕事とは

2018年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


 2017年4月号から2018年3月号までの1年間、総務で広報を兼任する方を対象に、効率的に広報業務を進める戦略の策定方法から、広報実務のポイントをご紹介してきました。今年度は、広報の兼務状況を問わず、まさに総務担当者が知っておくと「引き出し」のひとつになる広報分野の知識やトレンドを、ご紹介していきます。


広報って結局、なにしてるの?

 広報に係る部署は、経営企画部門に含まれることも、管理部門にぶら下がることもあります。総務が広報を兼務することも、経営直轄のこともあります。

 広報は、企業・組織のひとつの「業務」でありながら、学術分野で会社の仕事(いわば事業活動)として研究されてきました。たとえば、広報活動は、学術的には「企業とステークホルダーとの間に、良好な関係を構築・維持する活動」などの定義付けがされています。ただ、ステークホルダーとの関係構築は、営業、人事、総務など、ほとんどの経営活動はこれに帰結してしまいます。現に、多くの会社で広報部門は、マスコミや一般社会との関係構築に係る業務は担っていても、顧客は営業、監督官庁は総務、というように関係構築業務は全社で分掌されています。その意味では、「ステークホルダーとの関係構築」は、会社の仕事として「広報」を捉えてはいるものの、広報部門の業務をうまく説明するものにはなっていません。

 こうした曖昧さがあるためか、経営活動をモデル化したフレームワークで、広報活動が含まれることはほとんどありません。たとえば、経営管理活動の種類やプロセスを整理したファヨールや、ポーターの「バリューチェーン」は有名です。総務に関しては、ファヨールは「保全活動」、ポーターは「全般管理(インフラ)」に位置づけていますが、広報活動は一切言及されていません。ファヨールの時代は広報が確立していなかったと見ることもできますが、ポーターにとっては「眼中」にも入っていなかったか、あるいは、経営企画業務と同じように、事業活動というより経営と一体のものだと認識されたのかもしれません。

 広報が大事だというのは肌感覚で誰もが実感します。企業・組織の規模が一定になれば必ず何らかの広報業務が経営活動に組み込まれたり、部署ができたりします。総務が広報と連携したり、総務が広報を兼務したりすることもあるのに、どうにも業務の位置づけが掴みにくい状態では、連携や実務を進めにくいですね。まずは広報の位置づけを、総務の「引き出し」として知っておきましょう。


広報業務の位置づけ

企業不祥事研究を行う井上泉氏は、近著『企業不祥事の研究』で、経営活動のプロセスを大きく「意思決定」「情報伝達」「事業活動」「情報公開」の4つに分解しています。これは、総務、研究開発、営業といった活動の種類を整理するのではなく、経営の実行プロセスを時系列で整理したものと言えるでしょう。経営そのものの流れがとてもシンプルに整理されており、積極的な情報開示が求められる現代にフィットします。広報業務が経営にどう関連付いているのかも、理解しやすい枠組みです(図)。

経営の4つのプロセスで見た広報業務

 経営における意思決定は、株主総会や取締役会、各種委員会などで行われます。広報は、外部情報の収集など広聴も行っています。広聴業務とはまさに「広く聴く」こと。アンケートだったりヒアリングだったりソーシャルメディアの書き込みだったり、一般社会の代弁者としてマスコミの声を聴いたりします。外部から情報を受信し、経営にフィードバックする業務を行っています。

 また、経営が意思決定したことは、組織内部に情報伝達しない限り、実行されません。社内広報業務はここに位置づけることができます。方策としては社内報やイントラ、対面でのワークショップなどが挙げられます。

 事業活動の断面では、成果が最大化するように、いわゆるPR活動やHPでの情報発信など社外広報業務を実施しています。ここでは知名度の向上や信頼獲得などが成果として期待され、各事業活動の実行を側面支援しています。

 情報公開では、(主管部が広報ではなく総務やIRのこともありますが)財務・非財務の報告業務やステークホルダーとのダイアログ、渉外、何か不祥事が起きたときは誠実で適切な情報開示を行っています。


 この枠組みでみると、広報業務は経営活動の全プロセスに密接に関わっていることがイメージできます。広報業務は、経営が企画したことの実行力・実現可能性を上げる仕事をしていると言えます。組織規模が小さければ事業活動の一部として対外的なPRをしているだけで十分かもしれませんが、組織が大きくなるほど意思決定のために収集すべき情報は多くなり、組織内部への密な情報伝達が必要になり、社会的責任を果たすための情報公開も必要になります。

 広報は、目的や目指す活動といったん切り離して、経営の実行プロセスに沿って位置づけていかないと、何をしているのか理解が進みにくいのです。もし総務が広報を兼務している場合は、経営からは、事務業務でなく企画業務に近い期待値があるはずですので、業務遂行で留意しましょう。総務で広報と連携が必要な場面があったら、どのプロセスでの連携が期待されているのかを適切にとらえていきましょう。

兼任広報担当者向け広報基礎知識-12 社内報のポイント

2017年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、兼任広報担当者向けに、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


今号は、社内報のポイントをご紹介します。社内報は、紙媒体からイントラネットなど多様な発行形態になっています。社内報の役割・期待効果も、古くは社内の情報共有を中心にした媒体だったものが、たとえば、社内報をきっかけにしてコミュニケーションを誘発させる、社内報を理念・戦略の浸透ツールとする、社内報を通じて日々の業務に直結するノウハウ・メソッドを共有し社員教育をする、など、会社によって活用の仕方も様々になっています。一方、生産性向上で余裕がなくなった現場、ペーパーレス化が進み資源に対する意識が変わった現場から、社内報に対する社員の評価は厳しい目もあります。


社内報はムダ?

昨年(2017年)12月に、ビジネスパーソンの方に、「社内報の意味や効果」について自由回答で尋ねるインターネット調査を行いました(弊社調べ。協力:ミルトーク)。回答が得られた約400件のうち、およそ半数程度が「いらない」「意味ない」「発行にかかる費用の分、給料増やせの世界」「偉い人の自己満足」「本社の仕事をつくるための仕事」など、辛らつで否定的な声がたくさんありました。とくに紙媒体の発行に対する否定的な声が目立ちます。

私が広報実務を担当していたとき、社内報の制作も広報部管轄でしたので、社内報に対する否定的な評価を肌で感じることはありましたが、この匿名アンケートによる辛らつな声の数々を目にしたとき、「これが現実なのか」と悲しい気持ちになりました。


社員から評価される社内報とは

一方、効果があるとする声も半数程度あります。落ち着いて考えると、5割程度も高評価される社内ツールなら、まだまだ存在感・影響力が多大にあると見ることもできるでしょう。社内報を支持する声をいくつか具体的にご紹介しましょう。

  • 社内ニュースやイベント情報などが見られて良いと思う。あと、ウチの会社は毎年新入社員情報を載せているので、どんな新人が入社したのかを予め知るツールとしてもGood
  • 有給の取り方や出張手当の申請方法など直接は聞きづらい制度の説明が載っていてとても助かりました
  • 意外と知らない自社のプロジェクトが紹介されていたり、社員のコラムがあって、自分もこの会社の一員なんだなあって思えるというか、会社の事が好きになれる気がします
  • 他の支店の成功例や会社の今後の対策が分かる。普段あまり接点のない部署のことが分かり、興味をもつきっかけになる

否定・肯定の声を1件1件確認し、集約すると、社内報は紙発行やイントラ活用に限らず、以下の3点が「社員目線」で重要だということが見えてきました。

  1. 「情報源」になる
  2. 日々の業務で役立つ情報を得ることができる
  3. 視点・視野・視座が変わる情報を得ることができる

情報源になる

自由回答の声では、「新人」「社員の冠婚葬祭」「人事異動情報」「他部署の動き」「会社の進む方向性」「福利厚生」「趣味」など、キーワード自体は様々ですが、社内報を評価する声のウラには必ず「情報源」として機能していることが分かりました。逆に言えば、イントラなど他の媒体で得られる情報を単に再録・周知しているような社内報は、発信形態が何であっても情報源として機能せず、評価されないということです。


日々の業務に役立つ情報が得られる

調査では、他部署が紹介されているので何か困ったときに連絡をとるきっかけになる、他部署の事例からどうやっていけば良いか分かる、成功例や失敗例が参考になる、といった回答が見られました。これもひとつの情報源ではありますが、具体的に日々の業務に役立つかどうかが社内報の評価を左右するといっても過言ではありません。換言すると、社内報が社員を支援するツールになり得ていなければ、社員からは評価されないのです。

視点・視野・視座が変わる

社内報を好意的に評価する声では、一体感や求心力の醸成といったキーワードが多く見られました。普段、仕事に取り組んでいると、どうしても自部署や自分の業務に視野が狭窄しがち。硬めのネタでいえば会社全体のことを俯瞰できて愛着がわく、柔らかめのネタでいえば普段接している人の違った一面が分かるなど、視点・視野・視座が変わる情報は印象に残りやすいようです。

自己満足にならないために

発行側にとって社内報の目的は、理念浸透やコミュニケーションの誘発、経営と社員との関係構築など、これまで見てきたような社員評価とは別軸で存在しています。その目的を達成できれば、社員の評価は別問題という見方もできるかもしれません。ところが調査結果からは、社員の評価を得られなければ、社内広報業務そのものへの共感が弱まってしまう、ひいては目的を達成することができない恐れがある、という論理の方が現実に近いと考えられました。

社内報業務は、あらためて社員にとっての情報価値と向き合うべきでしょう。コミュニケーションのきっかけをつくる、理念を浸透するなど、社内報の役割・機能を見出すことも大切ですが、いつの間にか社員のことを考えているようで社員の存在を忘れてしまっていることがないか、常に確認しましょう。

一年間、総務で広報業務を兼任する方を対象に、効率的に広報業務を進める戦略の策定方法から、広報実務のポイントをご紹介してきました。ありがとうございました。

兼任広報担当者向け広報基礎知識-11 ホームページ活用のポイント

2017年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、兼任広報担当者向けに、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


ホームページ活用のポイント

今号では、ホームページ活用のポイントをご紹介します。ホームページの利活用は、販売促進が中心になることも多いですが、この連載は総務の方が広報業務を兼任する場合を想定しているため、マーケティングサイトではなく、企業情報を発信するサイトについて扱います。

ホームページのトレンドは、大きく以下の3つがあります。

1 ビジュアル化

2 社内広報とのボーダレス化

3 マネジメント能力の訴求

 それぞれご紹介しましょう。


ビジュアル化はさらに進む

11月号でお知らせしたとおり、情報の受け手は、情報接触環境が激変し集中力の持続時間が短くなっています。一瞬で多くの情報を伝達するために、ホームページのビジュアル化が進んでいます。たとえば従来、「リンク」はテキスト形式(文字リンク)が中心でしたが、画像形式が多くなっています。動画も多用されるようになりました。

ビジュアル対応が必要になる一方、多くの企業が戸惑うのは「手持ちの写真が圧倒的に少ない」ことです。たとえば、ホームページのリニューアルで「使える写真」が少ないと、著作権フリーの写真素材に頼りがち。ところが、業種・業態にフィットする著作権フリーの写真素材は、競合も似た素材を使用していることも。競合とまったく同じ写真を使ってしまうという失敗例も減りません。

世の中の情報量は今後も増え続けますので、人間の集中力の持続時間はさらに短くなっていくことでしょう。ホームページのビジュアル対応がさらに必要になることは間違いありません。普段からオリジナルの写真をストックしておきましょう。カメラマンに依頼する場合は、必ず利用媒体を無制限にして買い取っておきましょう。多少コストが上がりますが、写真は多いほど用途も発想も拡がります。あらゆる顧客接点で自社理解が進みやすくなる投資と考えれば安いものです。


社内広報とのボーダレス化

近年、社員インタビューや開発秘話などを、継続的に「ストーリーコンテンツ」として発信する企業が増えています。これまで企業のホームページは、ニュースリリースや新着情報を更新するだけで、コンテンツが追加されることはめったにありませんでした。ところが、数年前から採用サイトで「プロジェクトストーリー」を発信するアプローチが流行り、この技法が企業サイト全体に拡がってきています。実は、情報の受け手は、経営者や広報よりも「社員が話すこと」を一番信用するという調査結果もあります。「誰が語るか」によって伝わり方が異なるので、社員をメディアとして活用する企業が多いのです。

ところが、こうしたストーリーコンテンツは、総じて閲覧数が伸びにくくなってきています。「ユーザーが飽きた」「ユーザーはその会社の思いや取り組みに興味を持ち続けるほど暇ではない」というのが現実です。労力やコストのわりに「社外広報」としての効果を実感しにくくなってきています。

こうした取り組みを進める企業からは、別軸の評価がよく聞かれます。社員のモチベーションアップにつながるというものです。会社の顔として登場すれば仕事に対する責任感も増す。ホームページの活用が進んでいる企業ほど、ホームページを「社内を意識した社外広報ツール」ととらえるようになってきています。兼任広報にとっては社外広報と社内広報を一体的にできるので有効でしょう。


マネジメント能力の訴求

昨年(2016年)から今年(2017年)にかけて「ESG情報開示」がブームのようになり、上場企業の多くが「統合報告書」の発行に踏み切りました。統合報告書のコンテンツを生かして、ホームページを見直す企業もあります。ESG情報開示は必ずしも上場している大手企業だけの問題ではなく、近い将来、非上場の会社のホームページでの情報発信にも影響が生じることでしょう。

そもそもESG情報開示とは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字をとったものです。情報開示の対象は投資家です。投資家が中長期的な時間軸で企業の成長性を見極めるためには、その企業が地球規模の視座で環境のリスクと機会をどう認識し対応しているか、人類社会の視座で社会課題のリスクと機会をどう認識し対応しているか、企業の視座で経営陣が企業経営の能力を持っているかを評価できる材料が必要です。中長期の投資判断に資する情報を開示するものが「ESG情報開示」です。

大手企業がESG情報開示を進めるほど、投資家以外もその情報を活用するようになります。たとえばグローバル企業ほど様々な国での法的規制に沿って、サプライチェーン全体で、外注先を含めた環境や社会問題への対応が問われるようになっています。このため、外注先を比較検討する場合、仮に同じような提案内容だったとき、環境・社会問題への対応状況も重要な後押し材料になります。長期投資を呼び込みたい大手企業だけでなく、大手からの請負が多い中小企業にとっても切実な問題になっていくことでしょう。

もちろん、上場企業と同じレベルでESG情報開示が必要という意味ではありません。ESG情報開示では、ESGに関連したデータと「マネジメント能力」が問われます。マネジメント能力とは、経営環境認識とマネジメントサイクル(PDCA)に集約されます。だからこそ、マネジメントサイクルを回していることが理解できる状態にする必要があります。環境対応、従業員の育成や多様性尊重、調達先とのパートナーシップ、お客さまとのコミュニケーション、あるいはコーポレート・ガバナンス等々、過去から現在に至るまで取り組みをどう発展させてきているのか、時間軸を意識して対応の高度化を訴求すると良いです。 ありがたいことに大手企業の統合報告書でたくさんヒントがあります。大手の情報開示を積極的に「マネ」しましょう。

兼任広報担当者向け広報基礎知識-10 社内広報の基本

2017年度に『月刊総務』の「総務の引き出し(広報)」に、兼任広報担当者向けに、広報の基礎知識をご紹介する連載を寄稿しました。
内容を一部加筆・修正して掲載します。


第10回 社内広報の基本として大切なこと

前号から広報実務の基本をご紹介しています。今号はインターナル・コミュニケーション(社内広報)に関わる基本的な考え方をご案内します。


経営理念の社内浸透が進まない・・・

インターナル・コミュニケーションの目的は、経営理念の浸透、社内コミュニケーションの活性化、社員の定着率向上など、組織が置かれている状況によって様々です。手段に関しては、従来は「社内報」が中核となっていましたが、パンフレット、イントラ、社内テレビ、社内イベント・ワークショップなど多様化しています。

昨今、インターナル・コミュニケーションの領域で非常に多くの方からいただくお悩みが「経営理念やブランドの社内浸透がうまく進まない」ことです。今号ではこれを題材に社内広報の基本として大切なことを考えていきましょう。

経営理念は企業の目指す姿として、あらゆる事業活動の判断基準になるものです。すべての社員の誰にとっても不可欠なもののはずなのに、なぜ社内浸透がうまく進まないのでしょうか。 経営理念の浸透は、社内報を中核にしながら、浸透冊子をつくったり、唱和したり、研修を行ったり、ポスターとして掲出したり、様々なアプローチで実施されます。社内ワークショップをするケースもあるでしょう。社員の人事評価に経営理念に関わる項目を盛り込んだり、経営理念に基づいて社員が相互に褒めあう活動を実施したりする企業もあるようです。何をもって経営理念が浸透したとするのか、定義の問題もありますが、様々な取り組みをしていても、残念ながら経営理念が浸透している実感を持てない社内広報担当者が多いです。


伝達と浸透は違う

経営理念やブランドの社内浸透がうまくいかない場合、「経営理念の『伝達』にとどまっている」または「社員を一律的にマスでとらえてしまっている」のいずれかの解決が突破口になることが多くあります。

まずは「伝達にとどまっている」ことについて考えていきましょう。

伝達と浸透は違います。たとえば「経営理念ができました」と社内周知することは伝達です。伝達とは、事実が誤解無く相手に伝わること。情報の受け手が「余計な」解釈をすることがなく理解できた状態が理想と言えます。分かりやすい例を挙げれば、事務文書・連絡文書です。できるだけ事実だけを書き、誤解されない文書が優れたものとされます。

一方で浸透とは、情報の受け手が共感・共鳴し、自らの解釈を積極的に加えている状態を指します。心が揺さぶられ、自分ならどうするのか等を考えている状態が理想です。

経営理念そのものが共感・共鳴されやすい表現だった場合は、伝達するだけでも浸透の初期段階(共感・共鳴)をクリアできるでしょう。ところが、経営理念は得てして抽象度が高く、人によってはイメージが沸きません。一生懸命、ツールをつくったり、社内報で紹介したりしても伝達にとどまっているケースもあります。浸透するには、自分なりに考えてもらったり、ストーリーテリングと言われる物語形式にして表現したりして、心を揺さぶることを目指す必要があるのです。 まずは「伝達」にとどまっていないか、活動を振り返ってみましょう。もし、伝達アプローチばかりの場合は、社員は経営理念の浸透活動を「押しつけ」だと感じているかもしれませんよ。


共鳴の仕方は人によって違う

共感・共鳴されやすいように工夫しても、共感がなかなか拡がらない場合もあります。この理由は、実はとても単純です。抽象度が高い経営理念やブランドを、抽象度が高いままに共感できる人は、残念ながら非常に少ないのです。経験則では、組織の構成員の5%程度です。

少し概念的になってしまいますが、図表をご覧ください。行動と思考のスタイルを4象限に整理したものです。

図表 行動スタイルと思考スタイルで整理した社員のタイプ

抽象概念に共感でき、かつ能動的に行動できるのは右上の能動ー抽象層です。この層は「未来創造型人材」と言えます。問題意識が高く主体的に行動し、次々に新たな問題自体を創り出して解決していくタイプです。

一方、抽象概念そのものに共感しにくい人もいます。能動的かつ主体的で優秀ではあるものの、具体的な情報を好み、目の前にある問題を解決していくことに優れている右下層「問題解決型人材」もいます。この層には、「組織はいまこういう課題を抱えていて、その問題を解決する手段として経営理念があり、業務上の問題解決等の改善とも結びついている」というように、経営理念を論理的かつ手段とした文脈に「翻訳」をしていかないと、共感・共鳴されにくいのです。

左上の受動―抽象層は「フォロワー型人材」であり、未来創造型人材に憧れてその人たちに共感・共鳴しやすい人。リーダータイプの社員の立ち居振る舞いをあこがれの眼差しで見ますので、リーダー層をロールモデルとして社内PRすると良いでしょう。

左下の受動―具象層は「マニュアル型人材」です。日々の業務マニュアルにまで落とし込むことではじめて経営理念って大事ですねと実感できるタイプです。

このように、経営理念を浸透するためには、浸透対象である社員の共感・共鳴の仕方自体が多様であることを理解し、意図的に文脈やアプローチを変えて「経営理念を使い倒す」必要があるのです。

今回は経営理念を中心に紹介しましたが、他の社内広報活動でも同じです。誤解なく伝達すべき情報なのか、社員の解釈を引き出し浸透すべき情報なのか、浸透すべき情報の場合には社員の共感・共鳴の仕方が異なることを忘れていないか、再確認することで、必ず社内広報の質は上がります。